高市政権の経済対策を読み解く視点
読売新聞が報じた「5万円負担軽減」の違和感
この冬に向けた高市政権の経済対策が読売新聞で報じられた。紙面を開いた瞬間に、まず抱いたのは違和感である。見出しには「5万円規模の家計負担軽減」と大きく掲げられ、まるで大きな支援が示されたかのような空気が漂う。しかし、内容を追えば追うほど、その数字の根拠がどこにあるのか腑に落ちなくなる。
電気とガス料金の補助は、来年1月から3月までの3か月で合計6000円ほど。一般家庭でも負担軽減としては限定的で、独身世帯となればなおさら恩恵は小さくなる。読売新聞の記事が放つ「すごい施策であるかのような空気感」だけが残り、実際の中身との乖離が目につく。
補正予算は2兆円上積み。それを「大幅」と呼ぶのか
経済対策の総額は約17兆円。前年の14.8兆円から2兆円ほど増えたにすぎない。にもかかわらず、記事では「大幅に上回る見込み」と記されていた。
本当に大幅な増額とは、前年の倍に近い規模を指すのではないか。2兆円の増額で「大幅」と表現するのは、読者に膨らんだ印象を与える書き方といえる。加えて、目玉の一つとして紹介されている「大型減税」も、実態は暫定税率の一時的な廃止に過ぎない。財源規模は約1.5兆円で、決して大規模と胸を張れるほどの規模ではない。
「5万円負担軽減」の実像
記事が強調する5万円規模の負担軽減。その内訳には、ガソリン税の扱いや自治体による食料支援、お米券などが含まれる。だが、これらは世帯構成や生活状況で大きく変動する性質のものだ。
例えば独身世帯では、家庭向けの食料支援が1万円分も届くことはまずない。生活実態に即せば、総額が1万円に満たないケースもあり得る。にもかかわらず一律に「5万円規模」と掲げれば、政策の包容力を過大評価する印象を与える。公平性の観点からも、現金給付の方が分かりやすく、負担軽減としての実感を得やすいのではないかと感じる。
記事の「膨らませ方」への疑問
小さな補助を大きく見せるような表現は報道として誠実さに欠けるように映る。
たとえば、月1000円から2500円の電気代補助が「倍増」と書かれていたが、その増額幅は依然として限定的である。こうした書きぶりが続くと、政策の本質が見えにくくなる。
もし本当に大規模な減税や支援があれば、その規模は自然と数字に表れるはずだ。1.5兆円の減税を「大型」と表現してしまうのなら、仮に消費税を廃止した時にはどう表現するのか。そうした素朴な疑問すら湧いてくる。
必要な投資と庶民生活の線引き
一方で、半導体生産やデータセンターなどへの投資は、国の将来を考えれば必要といえる領域である。AI利用の裏側で膨大な電力が消費されていることを踏まえれば、基盤整備は避けて通れない。
しかし、こうした国家的投資と、一般家庭の負担軽減をひとまとめに語ると、庶民の生活実感がかき消される。国家全体の視点と生活者の視点。その両者の距離を丁寧に示すことが、本来の報道の役割ではないかと感じるのである。
