創傷治癒の研究において、電気刺激療法(Electrical Stimulation, ES) は古くから注目されてきました。私たちの体には本来、創傷部位で 内因性の生体電場(Endogenous Bioelectric Field, EBF) が発生し、細胞遊走・増殖・分化を導いています。
ESは、この自然な電気的プロセスを模倣し、治癒をサポートする補助療法です。
1. 電気刺激と創傷治癒の関係
EBFは表皮細胞のNa⁺/K⁺ポンプにより生じ、以下のような働きを持ちます。
- 細胞の遊走・増殖・機能調整
- 遺伝子・タンパク質発現の制御
ESはこれを外部から補強し、慢性創傷で停滞した治癒過程を再起動させる可能性があります。
2. 電気刺激の生物学的効果
これまでの研究では、ESが以下の効果をもたらすことが報告されています。
- 血管新生(Angiogenesis)
VEGF(血管内皮増殖因子)の発現促進 → 血流改善 - 線維芽細胞の増殖
FGF(線維芽細胞増殖因子)の発現増加 → コラーゲン合成と組織再構築 - 抗菌作用
細菌(黄色ブドウ球菌、大腸菌、緑膿菌)のコロニー形成を抑制
→ pH変化や細胞膜透過性への影響 - 炎症制御
慢性炎症を抑え、感染リスクを低減
特に慢性創傷では 創部面積を30〜42%縮小させる可能性 が報告されています。
3. 電気刺激の種類とデバイス
ESにはさまざまな方式があります。
- 直流(Direct Current, DC)
- 交流(Alternating Current, AC)
- パルス電流(Pulsed Current, PC)
現在の知見では パルス電流 が生理学的電場に最も近いとされ、臨床応用でも有望です。
実際の使用方法
- 電極を創部周囲に配置
- 1回30分〜数時間のセッション
- 週に複数回、数か月間継続するケースもあり
最近では 在宅用デバイスや電気ドレッシング も開発されつつあり、実用化が期待されています。
4. 臨床応用の対象
ESは以下のようなケースで応用が検討されています。
- 急性創傷
→ 炎症が落ち着いた数日後から導入し、瘢痕予防やリモデリング促進に活用 - 慢性創傷(CW)
- 糖尿病性潰瘍(DU)
- 下肢潰瘍(LU)
- 静脈性潰瘍(VU)
→ 炎症抑制と血流改善、感染リスク低減
ただし、全ての創傷に適応があるわけではなく、適応判断は慎重に行う必要があります。
5. 課題と今後の展望
ESは 安全・安価・非侵襲的 である一方、課題も残されています。
- 電流の種類や強度、照射時間に関する 標準プロトコルの欠如
- 各方式(直流、交流、パルス)の比較研究が不足
- 治療期間が長く、患者負担が大きい
今後は 小型化された家庭用デバイスや電気ドレッシング によって、実用性が高まると予想されています。
まとめ
電気刺激療法(ES)は創傷治癒の補助療法として以下の特徴を持ちます。
- 血管新生・線維芽細胞活性化・抗菌作用・炎症制御 を通じて治癒を促進
- 慢性創傷では創面積縮小効果が期待される
- パルス電流が最も有望とされるが、標準化は未確立
- 長期治療が必要だが、新しい在宅用デバイス開発が進んでいる
臨床家にとって、ESは「創傷治癒を後押しする安全でシンプルな選択肢」として今後さらに注目されるでしょう。