筋膜は「痛みを感じる組織」だった?―筋膜神経支配の最新レビュー(Suarez-Rodriguezら, 2022)
■ 背景:筋膜は「痛みの新たな発生源」
これまで筋骨格系の痛みの多くは「筋肉」や「関節」由来と考えられてきました。
しかし、近年の研究で筋膜(fascia)自体が痛みを感じ取る感覚器官であることが明らかになりつつあります。
Suarez-Rodriguezら(2022)は、筋膜の神経支配に関する文献を系統的にレビューし、どのような神経終末が筋膜内に存在し、どのように痛みや感覚に関与しているのかを整理しました。
この研究は、筋膜リリースや疼痛治療を行ううえでの基礎となる重要な知見を提供しています。
■ 研究概要:筋膜の神経構造を多角的に検証
レビューの対象は、2000〜2021年に発表された研究で、PubMedおよびGoogle Scholarを用いて検索。
「fascia」「innervation」「immunohistochemical」などのキーワードを組み合わせて調査されました。
合計23件の研究が選定され、
- ラット:5件
- マウス:4件
- 馬:2件
- ヒト:10件
- ヒト+動物混合:2件
と多様な生物種で解析が行われています。
組織学的および免疫組織化学的手法(immunohistochemistry)を用い、神経終末の検出にさまざまなマーカーが使用されました。
主なものは以下の通りです:
- Protein Gene Product 9.5(PGP9.5):神経線維全般を示す汎用マーカー(12研究)
- Calcitonin Gene-Related Peptide(CGRP):侵害受容繊維の指標(10研究)
- S100:シュワン細胞など神経支持構造を可視化(10研究)
- Substance P(SP):痛み伝達に関与する神経ペプチド(7研究)
- Tyrosine Hydroxylase(TH):交感神経活動の指標(6研究)
■ 結果:筋膜は豊富な感覚神経を持つ
研究の結果、筋膜は明確に神経支配を受けていることが示されました。
とくに胸腰筋膜(Thoracolumbar fascia, TLF)を中心に、以下の特徴が確認されています:
- 自由神経終末(Free nerve endings):痛みや温度を感知する侵害受容器
- Ruffini小体・Pacinian小体:圧・張力・振動を検知する固有感覚受容器
- 高密度な神経分布の局在性:筋膜の層や部位によって密度が異なる
これらの結果から、筋膜は単に「構造物」ではなく、感覚入力を担う組織であることが明確に示されました。
■ 病的筋膜では神経分布が増加する
レビューの重要な発見の一つは、病的状態の筋膜では神経分布が増加しているという点です。
線維化や炎症、癒着が生じた筋膜では、侵害受容器(nociceptors)と交感神経線維が増加しており、これが**筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome)**の持続痛の一因と考えられています。
つまり、慢性痛においては筋膜そのものが「痛みを発信する構造」となりうるということです。
■ 臨床的意義:筋膜の「感覚性」をどう活かすか
理学療法や徒手療法において、筋膜の神経支配を理解することは、疼痛メカニズムの解明や介入戦略の立案に直結します。
- 疼痛評価の再構築
筋肉だけでなく、筋膜層(深筋膜・浅筋膜)の圧痛・滑走制限を評価対象に加える。 - 徒手療法の目的の明確化
筋膜リリースは単なる「伸張」ではなく、機械刺激による感覚受容器への入力調整を意図する。
適度な圧・方向性・持続時間が神経応答に影響する。 - 自律神経との関係
交感神経線維が豊富な筋膜は、ストレスや情動による緊張反応にも関与する。
施術や呼吸介入で副交感神経優位に導くことが、疼痛軽減に有効な場合がある。
■ まとめ
Suarez-Rodriguezら(2022)の系統的レビューは、
- 筋膜が侵害受容器と固有感覚受容器に富む感覚器官であること
- 病的状態では神経分布が増加し、疼痛源となる可能性があること
を明確に示しました。
この知見は、筋膜性疼痛の理解を筋や関節の枠を超えて**「感覚ネットワークの異常」**として捉える新たな視点を提供します。
筋膜は「身体を包む膜」ではなく、「身体を感じる膜」。
触診・徒手介入・運動療法を通じて、私たちはこの“感覚膜”と日々対話しているのです。
