『がんばることをやめられない』|「自分を苦しめる努力」から抜け出すトラウマ理解の処方箋
『がんばることをやめられない』──「努力が止められない人」へのやさしい処方箋
「もう頑張れない」と思っても、どこかで“がんばらなきゃ”と動いてしまう。
「断りたいのに笑顔で引き受けてしまう」「怒りが突然爆発して自己嫌悪に陥る」──。
そんな“自分をコントロールできない感情”の正体を、心療内科医・鈴木裕介さんは「トラウマ」と呼びます。
本書『がんばることをやめられない』は、
「自分の中で何かが分裂している感覚」に悩む人に向けて書かれた、
やさしく、そして本質的なメンタルケアのガイドです。
1. 「がんばる私」と「本当の私」は別の存在かもしれない
私たちの中には、ふたりの「自分」がいます。
ひとりは“今ここ”で生きる「私」。
もうひとりは、“過去の痛み”に反応して動く「わたし(パーツ)」です。
「がんばることをやめられない人」は、この“わたし”が暴走している状態。
たとえば、幼い頃に「いい子でいなきゃ愛されない」と感じた経験があると、
大人になっても無意識に「他人を喜ばせる=生きるための戦略」として動いてしまいます。
著者はこの状態を、「心の中で『私』と『わたし』が分裂している」と表現します。
2. トラウマは「生き延びるための戦略」
トラウマというと「大事故」や「虐待」などを思い浮かべがちですが、
実は多くの人が日常的な“小さなトラウマ(スモールt)”を抱えています。
- 親に感情を否定された
- 叱責を恐れて人の顔色をうかがうようになった
- 頑張っても認められなかった
こうした体験が心の中に“壁”をつくり、
そこに封じ込められた感情が「わたし」として生き続けます。
この「わたし」は、つらい感情をすべて引き受けて「私」を守るために生まれた存在。
つまり、あなたの中の“がんばりすぎる部分”は、かつての生存戦略なのです。
3. 「心」と「身体」は切り離される
トラウマが深い場合、脳は苦痛から逃れるために「心と身体の接続」を切ることがあります。
これを「解離」と呼びます。
たとえば、過去に恐怖を感じた状況と似た環境にいると、
身体だけが反応して動悸や息苦しさを感じるのに、
“なぜそうなるのか”自分ではわからない。
著者はこれを「身体に刻まれた手続き記憶」と呼び、
コントロールではなく“ケア”が必要だと説きます。
つまり、「落ち着け」「我慢しよう」と理屈で抑えるのではなく、
「いま、怖いんだね」「つらかったね」と身体感覚に寄り添うことが大切なのです。
4. 「わたし(パーツ)」たちの正体
本書では、心の中に生きるさまざまな「わたし(パーツ)」が登場します。
その中でも代表的な3つを紹介しましょう。
① 愛を渇望する「わたし」
相手の返信が少し遅れただけで強い不安を感じる──
その背景には「見捨てられる恐怖」を抱えるパーツがいます。
幼い頃に十分に安心を得られなかった人ほど、この感情が強く出やすいのです。
② 期待に応え続ける「わたし」
常に人に尽くし、頼まれごとを断れないタイプ。
これは「フォーン反応」と呼ばれるもので、
争いを避けるために“相手を喜ばせる”ことが最善だと学習した結果です。
社会的には評価されやすい反応ですが、自己犠牲に陥りやすい危険があります。
③ 親密さを避ける「わたし」
人に頼ることが怖い、距離が近づくと逃げたくなる──。
この反応は、過去の「親しい人に傷つけられた経験」が原因のことが多い。
安心できる関係を望みながらも、心が「これ以上傷つきたくない」と拒絶するのです。
5. 「わたし」と敵対せず、対話する
多くの人が「この性格を直したい」と思いますが、
著者は「直す必要はない」と語ります。
“わたし”は、あなたを守るために必死で働いてきた存在。
怒りや悲しみ、過剰な努力も、
すべては「あなたを生かすための最善の戦略」だったのです。
だからこそ、まずはその努力を認めてあげる。
「今までありがとう。もう大丈夫」と語りかけること。
この“内的対話”こそが、トラウマから自由になる第一歩です。
6. 「がんばることをやめる」とは、自分を取り戻すこと
「がんばることをやめる」というのは、
怠けることでも、責任を放棄することでもありません。
それは、「他人の期待で動く人生」から、
「自分の感情で選ぶ人生」へと戻ること。
がんばるのをやめるとは、
“もうひとりの自分”と和解して、
“本当の自分”の手に人生の手綱を戻すこと。
このプロセスを丁寧に描いている本書は、
まじめに生きてきた人ほど心に響くはずです。
結論|「がんばりすぎる自分」も、あなたの一部である
トラウマは、消すものではなく“理解するもの”。
がんばる自分を責めるのではなく、
「そうしなければ生きられなかった自分」を認めることから始めましょう。
あなたが長年守ってきた「がんばるわたし」は、
かつてのあなたにとって必要な存在だったのです。
本書は、その「わたし」と向き合い、
やさしく“統合”していくための具体的なガイドです。
もう「がんばりすぎる自分」を責めなくていい。
そこから、本当の回復が始まります。
