『GDPの謎を解く鍵は「企業の損益計算書」にある』
経済活動の成果はどう分配されるのか
私たちが日々懸命に働き、モノやサービスを生み出す。その対価として得られる所得が、国全体でどのように分け合われているのか。それを映し出す鏡が「分配面から見たGDP」である。
前回、この分配の内訳について触れた。多くの人にとって最も身近なのが、働く人々への給与である「雇用者報酬」だろう。そして、個人事業主が得る「混合所得」、企業の手元に残る利益である「営業余剰」、さらに消費税などが政府へと渡る「生産・輸入に課される税」がある。これらは比較的イメージしやすい。
しかし、そのリストの中に一つだけ、直感的に理解し難い項目が残されていた。「固定資本減耗」である。字面だけを見ても、何が減り、何が消耗しているのか、いまひとつピンとこないかもしれない。だが、この正体を掴むことこそが、経済の循環をより深く理解する鍵となるのだ。
企業の「成績表」から見えてくる真実
この「固定資本減耗」の正体を暴くために、視点をマクロな日本経済から、ミクロな企業会計へと移してみよう。ここで役立つのが、企業の成績表ともいえる「損益計算書(P/L)」である。
損益計算書とは、単純化すれば「売上」から「費用」を差し引き、最終的な「利益」を算出するものである。費用の中には、材料の仕入れや外注費など、生産に必要なモノやサービスの購入費が含まれる。これらは、他の企業が生産した価値を買っているに過ぎない。
したがって、企業の売上から、他社への支払いを差し引いた残りこそが、その企業が自らの手で生み出した真の価値、すなわち「付加価値」となる。大雑把に言えば「粗利益」に近い概念といえるだろう。
付加価値の行き先と減価償却の役割
企業が生み出したこの「付加価値」は、一体どこへ消えるのか。あるいは、どのように分配されるのか。ここを分解すると、驚くほどシンプルにGDPの構造と重なり合う。
付加価値の行き先は主に3つある。 第一に、働く人々へ支払われる「人件費」。 第二に、企業に残る「利益」。 そして第三に、設備投資の回収である「減価償却費」だ。
ここで「減価償却」について補足しておこう。例えば、10億円で工場を建設したとする。この巨額の費用を、建設したその年に全額計上してしまうと、その年の利益は極端に圧迫されてしまう。工場は何十年にもわたって使い続けるものであるため、その使用期間(耐用年数)に応じて、少しずつ費用として計上していくルールになっている。これが減価償却である。
マクロとミクロが交差する地点
ここまでの話を整理すると、GDPの正体が鮮明に浮かび上がってくる。GDPとは、国内で生産された付加価値の合計である。
企業の損益計算書において、付加価値は「人件費」「利益」「減価償却費」の3つに分配されていた。これを国全体のGDP(分配面)の用語に置き換えてみよう。
「人件費」は、私たち労働者の「雇用者報酬」や「混合所得」に当たる。 「利益」は、企業の「営業余剰」となる。 そして「減価償却費」こそが、長らく謎であった「固定資本減耗」の正体なのだ。
つまり、一企業という最小単位で見ても、国全体という最大単位で見ても、私たちが生み出した価値(所得)は、働く人、企業、そして将来の設備維持のために、同じ構造で分配されているといえる。
経済指標という無機質な数字の羅列も、こうして企業の財布の中身と照らし合わせることで、生きた経済活動の記録として見えてくるのではないだろうか。
