国の借金は「成長の証」。無借金経営が日本を滅ぼす理由
国家運営は「家計」ではなく「法人」で見よ
「国の借金」という言葉を聞くと、多くの人は「返さなければならない悪いもの」というイメージを抱くだろう。それは、国家の財政を「家計」と同一視しているからに他ならない。家計において借金は単なる負債だが、国家や企業において借金とは「融資」であり、成長のための「投資」である。 この視点の転換こそが、日本経済再生の鍵を握っている。国家運営は、収入の範囲内で暮らす家計のやりくりではなく、資金を調達して事業を拡大する「法人」の経営に近いからだ。
トヨタが借金をゼロにしない理由
日本を代表する企業、トヨタ自動車を例に考えてみよう。創業当時の借入金は微々たるものだったが、世界的企業へと成長した現在、その額は桁違いに増えている。 もしトヨタが「借金は悪だ」と考え、無借金経営を目指していたらどうなっていただろうか。新しい技術への投資も、工場建設もできず、瞬く間に競争力を失っていただろう。 ビジネスの規模が大きくなれば、融資の額も増えるのは当然の理だ。企業にとって借金が増えることは、それだけ事業が拡大し、銀行からの信用が高まったという「成長の証」なのである。
「無借金」は資本主義の敵である
しかし、現在の日本政府は「プライマリーバランス黒字化」などと言って、事実上の無借金経営を目指そうとしている。これは資本主義の原理に反する自殺行為といえる。 家計は支出を減らせば貯金が増えるが、政府や企業は違う。「支出(投資)」こそが次の「収入」を生み出す源泉だからだ。政府が借金を恐れて投資を止めるということは、国内にお金が回らなくなることを意味し、経済そのものを意図的に縮小させるに等しい。 「無借金経営が安全だ」というデフレマインドこそが、日本を衰退させている真犯人なのである。
貧困化し、買われる国になる前に
世界を見渡せば、アメリカも中国も、借金を右肩上がりで増やしながら経済成長を続けている。借金を減らそうと躍起になっているのは、世界中で日本だけだ。 このまま「清貧」を美徳として投資を怠れば、日本は確実に貧困国家へと転落する。そして弱体化した日本企業や土地は、成長を続ける外国資本に次々と買収されていくだろう。 それは事実上の「植民地化」を意味する。国を守るためには、家計の常識を捨て、政府が堂々と借金をし、未来へ投資する勇気を持たねばならないのだ。
