「売上税」が「消費税」に化けた、巧妙な政治的トリック
拒絶された「売上税」の記憶
かつて、この国で「消費税」の前身となる税制が、二度も国民によって葬り去られた歴史をご存知だろうか。 1979年の大平正芳政権、そして1987年の中曽根康弘政権。彼らが導入しようとしたのは「売上税」だった。しかし、これは猛烈な反発を招いた。特に中小企業経営者たちは、「自分たちの必死の売上から、なぜ国に税金を掠め取られなければならないのか」と激怒したのだ。結果、自民党は選挙で大敗を喫し、法案は廃案となった。この時まで、国民の声は確かに政治を動かしていたといえる。
名前を変えるという「魔術」
ところが、そのわずか2年後の1989年、竹下登政権下であっさりと新税が導入される。中身はかつての売上税とほぼ同じものだ。変えたのは、たった一つ。「名前」である。 「売上税」を「消費税」と言い換える。この単純かつ巧妙なトリックが、すべてを変えた。「売上税」と言えば事業への課税に聞こえるが、「消費税」と名乗れば、「消費者が負担し、店はただ預かるだけ」という物語を作ることができる。財務省は、「事業者のみなさん、負担するのは消費者です。あなた方は価格に転嫁すれば懐は痛みませんよ」という虚偽のストーリーで、抵抗感を消し去ったのだ。
事業者を黙らせた「甘い蜜」
さらに、この導入劇にはもう一つ、反対派を黙らせるための「毒饅頭」が用意されていた。 それは、極めて緩い免税措置だ。当時は売上3000万円以下の事業者は消費税の納税を免除された。つまり、客から「消費税」名目で3%分を上乗せして受け取りながら、それを国に納めず、そのまま店の利益にしてよかったのだ。いわゆる「益税」である。「税金分を値上げして儲けてもいいから、反対しないでくれ」。国はそうやって中小企業に甘い汁を吸わせ、反対の声を封じ込めたわけだ。
嘘の上に築かれたシステム
設立後2年間は免税という抜け道もあり、企業は会社を分割しては税を逃れ、利益を貪った。 こうして振り返ると、消費税というシステムがいかに不純な動機と、政治的な妥協、そして国民への欺瞞の上に成り立っているかがよく分かる。導入から30年以上が経ち、その「甘い蜜」は徐々に取り上げられ、今や重い負担だけが残った。始まりが「嘘」であった以上、その歪みが是正されない限り、本当の意味での納得は得られないのではないだろうか。
