ホッファ脂肪体インピンジメント症候群(Hoffa病)とは?―原因・症状・診断・リハビリ・治療のすべて
Hoffa脂肪体インピンジメント症候群(Hoffa’s Disease, IFP Syndrome)は、
膝蓋下脂肪体(Infrapatellar Fat Pad:IFP)が膝蓋骨と大腿骨顆部の間で挟み込まれることで炎症・線維化・腫脹を起こし、膝前面痛や伸展制限を呈する疾患です。
外傷・手術後・反復微小外傷(ランニング、ジャンプ、膝打撲など)によって発症し、
保存療法で改善するケースが大半ですが、難治例では関節鏡下切除術が有効とされています。
🩻 解剖と機能
- 位置:膝蓋腱の後方にある**関節包内・滑膜外(intracapsular but extrasynovial)**の脂肪組織
- 血流:膝蓋動脈網(上・下内外側膝動脈)からの豊富な血管供給
- 神経支配:脛骨神経後枝(posterior articular nerve)由来のType IVa自由神経終末を多く含む → 強い痛覚刺激源
- 付着部:膝蓋骨下極、膝蓋腱、内外側半月前角、横半月靭帯、脛骨前面骨膜など
→ つまり、解剖学的に多くの構造と連続しており、炎症や線維化が波及しやすい領域です。
⚠️ 発症要因(Etiology)
- 急性外傷(膝打撲、捻挫、膝蓋骨脱臼など)
- 繰り返す微小外傷(ランニング・ジャンプスポーツ・サイクリング)
- 手術操作(ACL再建時の膝蓋腱採取、関節鏡ポータルによる損傷)
- Patella alta(高位膝蓋骨)や膝蓋骨トラッキング異常
脂肪体の反復的な機械的圧迫 → 出血・浮腫 → 慢性炎症 → 線維化 → 弾性低下
この結果、膝蓋骨下方の「スペース」が狭くなり、さらなる機械的インピンジメントを生みます。
📊 病態生理(Pathophysiology)
Hoffa(1904)は、以下の連鎖を報告:
外傷 → 出血・炎症 → 肥厚・線維化 → 慢性疼痛・可動域制限
線維化が進行すると、膝伸展時に**機械的ブロック(伸展制限)**が生じます。
慢性例では脂肪体が硬化し、**前方滑膜と癒着(Anterior Interval Scarring)**を形成します。
🧠 臨床症状
- 膝前面深部の鈍痛・灼熱感(膝蓋腱の内外側〜膝蓋骨下極周囲)
- 伸展終末時や長時間屈曲で痛み増悪
- 伸展制限・伸展時ブロック感
- 圧痛:膝蓋骨下端〜膝蓋腱両側(特に外側)
- 時に膨隆・硬結を触知
- 膝蓋骨可動性の低下
🧪 Hoffaテスト(臨床評価)
- 膝を約30°屈曲位にし、膝蓋腱外側または内側の膝蓋下縁を母指で強圧。
- 圧迫を維持したまま膝をゆっくり伸展。
- 痛みが誘発されれば陽性(Hoffa sign)。
※前角半月損傷や膝蓋腱炎との鑑別が必要。
🩻 画像診断
MRIが第一選択(Sagittal T1/T2)
- 正常:皮下脂肪と同信号(T1高信号)
- 炎症・浮腫:T2高信号
- 線維化:T1/T2低信号(hypointense)
- 石灰化・骨化:X線で確認可能
- 特徴的所見:superolateral Hoffa fat pad edema(外側上方の浮腫)
⚠ MRI所見単独では診断できないため、臨床症状との整合性が必須。
💪 保存療法(Physical Therapy)
保存療法が第一選択。
目的は「膝蓋骨の追従性回復と脂肪体への圧迫軽減」。
▶ リハビリの基本方針
- 膝蓋骨下部の圧迫除去
- 過伸展や急速伸展動作を回避
- 床反力ベクトルを制御し、膝過伸展位での荷重を減らす
- 膝蓋骨トラッキング改善
- 内側広筋斜頭(VMO)強化
- 殿筋群・股関節外旋筋の協調 → 大腿骨内旋・膝外反を抑制
- ストレッチ・モビライゼーション
- 大腿前面・腸腰筋ストレッチ(膝前方牽引軽減)
- 膝蓋骨モビライゼーション(上下・内外方向)
- テーピング(Hoffaテープ法)
- 目的:膝蓋骨下縁を前方に持ち上げ、IFPの挟み込みを軽減
- 方法:
- 膝伸展位で、膝蓋骨上半分に「V字型」にテープを貼る
- Vの頂点は脛骨粗面、両端は内外側上顆方向へ
- 段階的筋トレ
- 閉鎖運動連鎖(CKC)中心
- スクワットは痛みのない範囲で浅め(〜45°)
- VMOと中殿筋の協調強化で膝蓋骨の正中化を図る
- 超音波ガイド下注射(難治例)
- 局所麻酔+ステロイド(リドカイン+メチルプレドニゾロン)を数回注入
- 一時的に炎症・痛覚伝達を抑制
🔪 手術療法(Arthroscopic Management)
保存療法で改善しない場合(数か月以上の痛みや伸展制限持続)に考慮。
- 方法:関節鏡下でIFP後方の線維化・肥厚部を部分切除(partial resection)
- 成績:部分切除でも約90%が症状軽快
- 目的:癒着剥離・圧迫解除・滑走性回復
手術後は早期リハで再癒着防止:
- 伸展可動域エクササイズ
- 膝蓋骨モビライゼーション
- 早期荷重・滑走訓練
🔄 鑑別診断
- 膝蓋腱炎(ジャンパー膝)
- 滑液包炎(前・浅・深膝蓋下・鵞足部)
- 半月板前角損傷
- 滑膜ヒダ症候群(plica)
- Cyclops病変(ACL再建後瘢痕結節)
- Anterior interval scarring(前方癒着)
📈 予後
- 多くは保存療法で改善。
- 手術例でも90%以上がスポーツ復帰可能。
- 未治療・誤診では線維化・屈曲拘縮・慢性疼痛に移行。
💡 理学療法士の臨床ポイント
膝蓋骨下縁の滑走改善
が鍵となります。
「膝前面深部痛+伸展終末痛+膝蓋骨可動性低下」→ IFP由来を疑う。
MRIで異常なしでも、Hoffaテスト陽性+伸展時痛ならIFP機能障害を想定。
リハビリでは、
伸展位の圧迫を減らす動作指導
VMO+殿筋強化によるアライメント修正
