はじめに
半月板は膝関節の安定性や荷重分散に重要な役割を果たし、損傷や変性は変形性膝関節症(OA)のリスク因子となります。
一方、膝関節脂肪体(Infrapatellar Fat Pad: IFP)は、これまで**「関節空間を満たすクッション」**として主に物理的役割が注目されてきました。
しかし近年の研究では、IFPは単なる緩衝材ではなく、半月板の分子レベルでの恒常性維持や炎症制御にも関与する組織であることが示されています。
IFPによる半月板保護作用
解剖学的な役割
IFPは関節内でスペースフィラーかつ衝撃吸収材として働き、特に**前方半月板角(anterior horns of the menisci)**を保護します。
分子的な役割
- 共培養実験(半月板+健常IFP組織)
→ 単独培養の半月板と比べ、硫酸化グリコサミノグリカン(GAGs)の放出量が増加
→ GAGsは半月板の粘弾性に寄与し、荷重分散機能を維持
このことから、IFPは物理的保護に加え、分子レベルで半月板組織の恒常性を支える役割を持つと考えられます。
半月板損傷とIFPの炎症
逆に、半月板損傷はIFPの炎症変化を引き起こすことが報告されています。
- マウスモデル
- 高脂肪食(HFD)単独 → IFP炎症なし
- 内側半月板不安定化手術(DMM)単独 → IFP炎症なし
- HFD+DMM併用 → IFPの炎症と線維化が顕著に進行
このことは、半月板損傷がIFPの炎症を誘発する「トリガー」となり得ることを示しています。
つまり、健康なIFPは半月板を守りますが、半月板の外傷性損傷がIFPの炎症性表現型を引き出し、結果的にOA進行を加速させる可能性があるのです。
IFPと半月板の双方向関係
これまでの研究から、IFPと半月板の関係は以下のように整理できます。
- IFP → 半月板
- 解剖学的クッション作用
- GAGs放出促進による分子レベルでの組織保護
- 半月板 → IFP
- 損傷や不安定化によりIFP炎症を誘発
- 高脂肪食など代謝因子と組み合わさると、炎症・線維化を増悪
この双方向的な関係は、関節内の炎症ネットワークを通じてOA進行に影響を与えると考えられます。
臨床的意義
IFPと半月板の相互作用は、KOAの発症・進行を理解するうえで重要です。
- 半月板損傷患者のIFP評価
→ MRIなどで炎症や線維化をモニタリングすることが、OAリスク評価に有効 - 栄養・代謝との関連
→ 高脂肪食がIFP炎症を「プライミング」する可能性があるため、生活習慣管理も予防戦略の一部となり得る - 治療応用
→ 将来的には、IFP炎症を抑制する分子治療やMSC由来エクソソーム療法が、半月板保護やOA進行抑制に寄与する可能性がある
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)と半月板は、解剖学的・分子的に密接な関係を持ちます。
- 健康なIFPは、半月板の前方角を保護し、GAGs放出促進を通じて組織恒常性を維持
- 一方で、半月板損傷はIFP炎症を誘発し、OA進行に寄与する悪循環を形成
- 高脂肪食などの代謝因子は、この炎症応答を増幅させる
この双方向的関係を理解することは、半月板損傷からOA進行を予防する新しい治療戦略を開発する上で重要です。