はじめに
変形性膝関節症(KOA)の主症状である慢性疼痛は、単なる関節軟骨の摩耗では説明できないことが多く、滑膜や膝関節脂肪体(Infrapatellar Fat Pad: IFP)の神経支配が重要な役割を果たすと考えられています。
IFPは解剖学的に密に神経支配された組織であり、痛みに対して特に敏感な部位です。本記事では、IFPと末梢神経の相互作用、そして疼痛発現における分子メカニズムを整理します。
IFPの神経支配
神経起源
- IFPを支配する神経線維は、主に脛骨神経の後枝から分布します。
- この神経支配により、IFPは感覚入力の集積点として機能します。
痛覚関連神経線維
IFPには、ペプチド作動性(peptidergic)かつ侵害受容性感覚線維が豊富に存在します。これらの神経は、痛み伝達に関与する神経ペプチドを放出します。
代表的な分子として:
- 物質P(Substance P: SP)
- IFPおよび滑膜組織に存在
- 炎症や痛覚過敏に関与
- カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)
- IFP毛細血管やKOA患者の滑膜に分布
- 血管拡張・炎症促進・疼痛増強に関与
IFPと疼痛発現の関係
- 神経ペプチドの放出
- SPやCGRPは局所炎症を増悪させ、**神経原性炎症(neurogenic inflammation)**を惹起。
- 炎症と疼痛の増幅ループ
- 炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-αなど)が神経を刺激
- 神経末端からSP・CGRPが追加放出
- 炎症と疼痛が相互に増幅する悪循環が形成される。
- KOAにおける疼痛機序の一部
- 軟骨は無血管・無神経組織であるため直接的には痛みを生じない。
- 代わりに、IFPや滑膜の神経支配と炎症が疼痛の主因となる。
臨床的意義
IFPと末梢神経の関係を理解することは、KOAの疼痛治療に直結します。
- 診断面
- MRIや超音波でIFP炎症を評価することで、疼痛の原因部位の特定に役立つ。
- 治療面
- SPやCGRPを標的とした分子治療(例:CGRP受容体拮抗薬)は、新しい疼痛管理法となる可能性。
- 神経調節的アプローチ(末梢神経刺激、tDCSなど)においてもIFPの神経分布が治療標的となり得る。
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)は、単なるクッション組織ではなく、密な神経支配を持つ疼痛感受性の高い部位です。
- 脛骨神経後枝由来の線維が支配
- SP・CGRPといった神経ペプチドが炎症・疼痛に関与
- 炎症と神経ペプチドの相互作用がKOA疼痛を増幅
今後は、IFP神経支配を標的とした疼痛治療が、KOA患者のQOL改善に寄与する可能性があります。