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はじめに
脂肪組織は単なるエネルギー貯蔵庫ではなく、サイトカインやアディポカインを分泌する内分泌器官です。膝関節内に存在する脂肪組織である 膝関節脂肪体(Infrapatellar Fat Pad: IFP) も例外ではなく、炎症性因子を介して関節軟骨、滑膜、骨に影響を及ぼし、変形性膝関節症(KOA)の病態形成に関与しています。
サイトカイン:IFPにおける炎症性メディエーター
- IL-6:KOA患者のIFPでは皮下脂肪組織(SAT)よりも高発現。受容体(sIL-6)も含め、滑膜とのパラクライン的相互作用を介して炎症と血管新生を促進。
- VEGF:血管新生マーカーであり、IFPからの産生が滑膜血管化と正の相関を示す。
- TNF-α, IL-1β, PGE2:炎症性サイトカインの代表格。ただし、IFPとSAT間での発現差は小さいとされる。
- IL-1βは培養軟骨をOA様表現型に誘導する実験モデルで利用されるほど強力な炎症因子。
- 抗TNF療法は関節炎治療候補として研究が進む。
アディポカイン:IFP特異的な発現とOA病態
レプチン(Leptin)
- エネルギー代謝調整因子として知られるが、IFPから分泌されることでOA進行に二面性を持つ。
- 軟骨作用:プロテオグリカン合成を刺激する一方、MMP-2, -9, ADAMTS-4/5 など分解酵素も誘導。
- 骨作用:骨芽細胞に対してALP, TGF-β, オステオカルシンの産生を促進し、骨硬化や骨棘形成に関与。
- 免疫作用:マスト細胞やTh1細胞を活性化し炎症を助長。
レジスチン(Resistin)
- 主にマクロファージ由来。
- IL-6, IL-12, TNF-α分泌を促進 → 軟骨プロテオグリカン喪失を誘発。
- 血清・滑液中濃度はKOA重症度と相関。動物実験では関節内注射で関節炎を誘発。
アディポネクチン(Adiponectin)
- 通常は抗炎症性だが、OAでは炎症メディエーター化。
- 血中濃度はCOMP, MMP-3と正相関し、臨床症状や画像重症度と関連。
- in vitroではNOとMMP産生を増加させ、軟骨基質破壊に関与。
その他の新規アディポカイン
- FABP4、WISP2、Chemerin:OA患者IFPで高発現。炎症性シグナルとの関連が注目されている。
- SFRP5、miRNA含有エクソソーム:抗炎症作用の可能性があるが、IFPにおける役割は未解明。
脂肪酸・脂質メディエーター
- IFPは脂肪酸代謝産物も分泌し、免疫細胞の表現型を調整。
- アラキドン酸(20:4n-6):IFPからの分泌が増加し、PGE2産生を介して炎症を悪化。
- DHA(22:6n-3):逆に抗炎症的に作用し、COX-2や分解酵素を抑制。
- リポキシンA4、トロンボキサンB2:炎症調整に関与する脂質メディエーターとして同定。
👉 つまり、IFPは炎症促進と抑制の両方の因子を分泌し、そのバランスが病態進行を左右します。
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)は、
- IL-6やVEGFなどのサイトカインを介して炎症・血管新生を促進
- レプチン・レジスチン・アディポネクチンなどのアディポカインを介して軟骨・骨代謝や炎症反応を制御
- 脂肪酸代謝産物を通じて免疫細胞活性を修飾
という多面的な分泌プロファイルを持ち、KOA病態の「促進因子」と「保護因子」の両方を供給しています。
今後は、特定のアディポカインや脂質メディエーターを標的とした局所治療が、膝OAに対する新たなアプローチとなる可能性があります。