はじめに
変形性膝関節症(KOA)の慢性疼痛や炎症進行には、関節軟骨の摩耗だけでなく、膝関節脂肪体(IFP)の神経支配と炎症性メディエーターが大きく関与します。
その中心的な分子のひとつが、**Substance P(SP)**です。
SPは神経ペプチドの一種で、IFPに存在する**感覚神経線維(SP陽性神経)**から放出され、炎症と疼痛を増幅させる悪循環を形成します。
IFPにおけるSPの存在と役割
- SP陽性神経線維はヒトOA関節のIFPに豊富に存在
- 炎症刺激や疼痛に応答してSPが放出されると:
- IL-1β、IL-6、TNF-αといった炎症性サイトカイン産生が急増
- 免疫細胞(マクロファージなど)が遊走・活性化
- NO産生や血管拡張が促進され、浮腫や虚血を誘発
SPによる炎症悪循環
- SP放出
- 感覚神経終末からSPが分泌される。
- 炎症性サイトカイン産生促進
- IL-1β、IL-6、TNF-αが誘導され、炎症が拡大。
- SPとNK-1受容体の相互作用
- NO産生と血管拡張を促進 → 浮腫・虚血・免疫細胞活性化。
- 神経線維スプラウティング
- SPが神経新生を刺激し、さらにSP陽性線維が増加。
- 悪循環の継続
- SP増加 → 炎症増幅 → IFPや隣接関節組織の変性が進行。
このサイクルにより、IFPは炎症と疼痛の温床となり、OA進行の一因を担います。
SP制御による治療戦略
1. 交感神経系によるSP抑制
IFPには交感神経線維も存在し、ノルアドレナリンや内因性オピオイドを放出してSPの作用を抑制します。
→ SP陽性線維と交感神経支配のバランス調整は、炎症制御の新しい治療ターゲットとなり得ます。
2. MSC療法によるSP分解
- CD10を豊富に発現するIFP-MSCsは、SPを分解する能力を持つ。
- in vitroおよびin vivo実験で、SP陽性神経線維を減少させ、滑膜炎やIFP線維化を改善。
- CD10高発現IFP-MSCsは、臨床応用可能な条件で製造可能であり、将来的な治療応用に期待。
臨床的意義
- 疼痛制御
- SPを標的とする薬剤(例:NK-1受容体拮抗薬)は、IFP由来疼痛を軽減する可能性。
- 炎症制御
- IFP-MSCsによるSP分解は、炎症環境の沈静化と組織保護に寄与。
- 再生医療への応用
- MSCベースの治療と神経調節戦略を組み合わせることで、炎症抑制+組織再生の両立が可能となる。
まとめ
膝関節脂肪体(IFP)は、Substance P(SP)の放出を介して炎症と疼痛の悪循環を形成し、OA進行に寄与します。
- SP陽性神経線維がIFPに豊富に分布
- SPは炎症性サイトカイン・NO・血管拡張を誘導し、浮腫・虚血を悪化
- 交感神経系やCD10高発現IFP-MSCsはSPを抑制し、治療標的となり得る
今後、SPの制御を中心とした分子治療+MSC療法は、KOAにおける疼痛・炎症管理の新しいアプローチとなる可能性があります。