『年収の壁178万円の罠:減税の裏で進む社会保険と防衛増税の真実』
歓迎ムードの裏に潜む「所得制限」と「物価」の現実
国民民主党の主張が通り、ついに「年収の壁」が百七十八万円に引き上げられることが決定した。三十年間固定されていた百三万円の壁が動くことは、一見すると画期的な成果であり、手取りが増えることを喜ぶ声も多い。しかし、その実態を冷静に解剖すると、素直に喜べない「罠」が張り巡らされているといえる。 まず、この減税措置には所得制限という足枷がかけられている点を見落としてはならない。試算によれば、最も減税額が大きくなる年収六百万円の層であっても、その恩恵は収入のわずか〇・六%にとどまる。 現在、日本の物価上昇率は三%に達している。実質賃金がマイナスを記録し続ける中で、この程度の減税幅では、物価高による生活苦を補填するにはあまりに不十分である。「壁が動いた」という事実だけが強調されているが、実際の生活防衛策としては、その効果は極めて限定的であると言わざるを得ない。
置き去りにされた「百三十万円の壁」という巨大な穴
さらに深刻な問題が、「社会保険料の壁」の存在である。所得税の非課税枠が百七十八万円に広がったとしても、百三十万円を超えれば扶養から外れ、自身で社会保険に加入しなければならないというルールは変わっていない。 もし百三十万円を超えて働けば、年間で約二十万円もの社会保険料負担が新たに発生することになる。税金が数万円安くなったとしても、保険料で二十万円取られるのであれば、手取りは逆に減ってしまうのだ。 政府やメディアは「働き控えの解消」を謳っているが、この社会保険の壁が撤廃、あるいは是正されない限り、労働時間を増やそうとするインセンティブにはなり得ない。所得税の壁だけを高くしても、その手前にある社会保険の落とし穴が放置されたままでは、多くのパート従業員にとって「働けば損をする」という構造は何も変わらないのである。
復興税のすり替えによる「防衛増税」のトリック
そして、最も警戒すべきは、この減税議論の裏側で密かに進められている「防衛増税」とのバーター取引である。政府は二〇二七年から、所得税に上乗せする形で防衛増税を開始する方針を固めている。 これに対し、政府は「復興特別所得税を引き下げるため、国民の負担増はない」と説明している。しかし、これは明らかな詭弁である。復興税は本来、東日本大震災の復興財源として期限付きで設けられたものであり、時期が来ればなくなるはずの一時的な税である。 それを、恒久的に徴収される防衛財源にすり替えるということは、実質的な増税に他ならない。「今は負担が変わらない」という言葉遊びで国民を欺き、将来的な負担増を確定させようとしているのだ。 右手で年収の壁引き上げという小さな飴を与え、左手で防衛増税という恒久的な鞭を打つ。このような朝三暮四の政策に踊らされてはならない。我々は表面的な数字の変動に一喜一憂するのではなく、その裏にある負担の全貌と、政府の意図を冷徹に見極める必要がある。
