国の借金は返す必要があるのかという誤解
政府債務は本当に返済が必要なのか
「国の借金は返さなければならないのか」という疑問は、多くの人が抱く当然のものだ。
国債には償還期限があり、期限が来れば返済される。
しかし、その返済は新たな国債発行による“借り換え”で行われるため、実質的には継続的な更新に近い。
政府は自国通貨を発行できるため、この仕組みを維持する力が本質的に備わっている。
つまり返済のサイクルは形式的に存在しても、継続的な支出と運用が可能だといえる。
他国では当たり前の「借り換え構造」
実は多くの主要国では、国債の償還自体を行っていない。
期限を設けていない国も多く、いちいち返済する必要がないため、償還手続きそのものが存在しない。
再発行で更新され続けるため、返済という概念が政策運営上の負担にはならないのである。
これが国債運用の国際的な標準的構造と言える。
日本だけに残された「60年ルール」
ではなぜ日本だけ、手間のかかる償還を続けているのか。
その理由が「国債償還の60年ルール」である。
1966年、建設国債の導入時に減価償却に近い発想で定められたルールが起点となった。
当初は限定的な運用だったが、2004年にこのルールが他の国債にも一斉に適用されるようになった。
その結果、日本だけが償還義務を形式的に抱え続ける構造となった。
印象操作として利用されてきた償還制度
60年ルールが拡大適用された背景には、「国の借金が大変だ」という空気を強める狙いがあったといえる。
償還義務がある構造を強調すれば、国が常に返済に追われているかのような印象を与えやすい。
その印象により、緊縮財政を推し進める正当性が演出されてきた。
実際には、返済と借り換えは機械的なプロセスであり、財政破綻の危険を示すものではない。
見直され始めた60年ルール
近年では、この仕組みの不合理さが政治の現場でも議論されるようになってきた。
国際的に見ても特殊な制度であり、財政運営に不必要な制約を与えているという問題意識が広がっている。
制度を撤廃すべきだという声が高まるのは、財政の現実に即した運営を求める動きの表れだといえる。
国債の返済は形式に過ぎず、本質的な問題は存在しない。
むしろ、不要な制度によって生まれる誤解こそが、政策の足かせとなってきたのである。
