日本人が騙され続ける「公務員と公共事業」の嘘
間違った常識との戦い
代表格が「日本は公共事業が多すぎる」「公務員が多すぎる」という、事実に基づかない思い込みだ。
多くの日本人は、メディアや政治家の言葉を鵜呑みにし、漠然と「無駄遣いされている」と信じ込まされている。しかし、客観的なデータを見れば、その認識がいかに実態と乖離しているかは明白である。我々はまず、この植え付けられたイメージを疑うことから始めなければならない。
データが示す「小さすぎる政府」
まず公共事業についてだが、かつて14兆円規模だった予算は、いまや5兆円程度にまで削ぎ落とされている。 それでもなお「やりすぎだ」という声が止まないのは異常としか言いようがない。
さらに深刻なのが公務員の数だ。OECD諸国のデータを見れば、ノルウェーなどの北欧諸国では労働人口の約3割が公務員であるのに対し、日本はわずか5%程度に過ぎない。 これは先進国の中で圧倒的に少ない数字だ。「公務員天国」どころか、日本は極端に公務員が少ない国なのである。それゆえに現場は疲弊し、行政サービスの質が維持できなくなりつつあるのが現実だ。
低すぎる給与と腐敗への懸念
公務員の給与に関しても「高すぎる」という批判が絶えないが、これもGDP比で見ればOECD平均を大きく下回っている。 行政の権限や情報を握る立場の人間に対し、過度に給与を抑え込めばどうなるか。答えは明白だ。それは汚職や賄賂が横行する社会への入り口である。
発展途上国のような「金で行政を動かす」社会にしたくないのであれば、我々は「公務員叩き」という安易な娯楽を卒業すべきだろう。事実を見ず、イメージだけで批判を続けることは、自分たちの社会の首を絞める行為に他ならない。
ルサンチマンを超えて
なぜ、これほど明白なデータがありながら、日本人は公務員や公共事業を敵視するのか。その根底にあるのは、デフレ不況によって貧困化した国民の「ルサンチマン(怨恨)」である。「自分たちが苦しいのだから、税金で食べている連中も苦しむべきだ」という歪んだ感情が、事実を曇らせているのだ。
しかし、同じ国民同士で足を引っ張り合っていても、国が豊かになることはない。建設業も、農家も、公務員も、共に社会を支える不可欠な存在だ。不当なバッシングをやめ、事実に基づいて中間層を再建することこそが、日本再生への唯一の道であるといえる。
