デフレ脱却が示す日本経済の深層
長く続いたデフレの足跡
日本の消費者物価指数を改めてたどると、驚くべき事実が浮かび上がる。1998年以降、日本は本格的なデフレ局面に入り、物価は緩やかに下がり続けた。その水準をようやく取り戻したのは2015年であり、17年ものあいだ物価が上昇しない国であったことになる。主要先進国の中でも極めて異例の現象であり、日本経済が抱えてきた停滞の根深さを物語る。
CPIとGDPデフレータが語る物価の性質
2022年の物価上昇については、輸入物価の急騰が要因であったことが統計上も明確である。CPIがプラスに転じる一方、GDPデフレータはマイナスとなった。輸入価格が上がると国内で使うモノの値段は押し上げられるが、国内で生み出される価値そのものはむしろ押し下げられるためだ。いわゆるコストプッシュ型インフレであり、需要が強まって物価が押し上げられたわけではない。
しかし2023年以降、状況は変化する。CPIもGDPデフレータもともに上昇へ転じ、輸入物価が高止まりしているにもかかわらず、その影響だけでは説明できない局面に入った。長期デフレによって損なわれた供給能力、少子化や婚姻数の激減による労働力の縮小、生産年齢人口比率の低下。これら複合的な要因が供給側の余力を奪い、結果としてサプライロス型インフレが本格化している。
インフレギャップが示す課題
サプライロス型であれ、総需要が供給能力を上回るインフレギャップに変わりはない。このギャップを埋めるには、生産性を底上げするための投資が不可欠である。設備投資、人材投資、技術開発——どれも短期では成果が出にくいが、経済の基盤を強化する唯一の手段といえる。
デフレギャップの場合は状況が異なる。供給能力が需要を上回っているため、政府の財政政策で需要を下支えすれば比較的短期間で調整できる。実際に予算を通し、公共サービスや投資を拡大すれば即効性がある。しかし現在の日本が抱えるのはインフレギャップであり、長期的な構造改善が欠かせない段階に入った。
基礎控除の物価連動と緊縮への懸念
政府は物価高対策として基礎控除を物価に連動させる方針を示している。今後の物価変動に応じて控除を引き上げていく仕組み自体は妥当であり、国民生活を守る意味でも必要といえる。
しかし注意すべき点がある。1998年以降、日本はほぼ物価が上がっていない。もし基礎控除を据え置いてきた過去の判断について「物価が上がらなかったから正しかった」と財務省が主張すれば、それは緊縮財政を正当化する材料となってしまう。過去の判断を免罪するのではなく、まずは最低賃金を基準に178万円へ引き上げ、そのうえで今後は物価に連動させるべきである。
長期停滞と人口減少の影響が現実となった今、必要なのは緊縮ではなく、未来への投資である。構造的なインフレギャップを埋めるには、日本経済の基礎体力を回復させる視点が欠かせない。
