貧困化する日本と隠れた負担の真実
静かに進む国民の貧困化
1995年から約30年の間に、日本の平均所得は約120万円も減少した。中間層は失われ、所得の二極化が静かに、しかし確実に進行している。これは単なる景気の波ではなく、国が国民から富を「取り上げすぎている」結果だといえるだろう。近年、国の税収は大幅な上振れを記録しているにもかかわらず、私たちの生活は日増しに苦しさを増している。今こそ、その余剰となった富を、社会保険料の引き下げや減税という形で、国民の手に戻す決断が必要である。
重くのしかかる隠れた負担
私たちの生活を圧迫しているのは、目に見える税金だけではない。例えば、毎月の電気代に上乗せされている「再生可能エネルギー賦課金」だ。導入当初、標準世帯で年間約1,000円程度だったこの負担は、今や約2万円、オール電化の家庭では3万円にまで膨れ上がっている。私たちは、知らないうちに極めて重い負担を強いられているのだ。クリーンエネルギーの普及という大義名分があっても、家計を犠牲にしてよいわけではない。負担水準を本来の適正な形へと引き下げる議論が急務である。
地方を支える大胆な発想の転換
生活を立て直すと同時に、国を支えるインフラの維持も待ったなしの課題である。そこには発想の転換が求められる。たとえば、高速道路の料金体系を抜本的に見直し、一律化するという案だ。そこで生み出された新たな財源を、赤字に苦しむ地方のローカル鉄道やバス路線の維持に充てるのである。地方の交通網が崩壊すれば、過疎化は加速し、地方創生は夢物語に終わる。日本の豊かな国土は、長い海岸線や離島、山間部で生活を営む人々がいて初めて維持されるという視点を忘れてはならない。
真にこの国を守っているのは誰か
国家の防衛とは、決して自衛隊の存在や最新装備だけを指すのではない。真にこの国を守っているのは、地方の隅々に住み、日々の地域社会を維持している国民一人ひとりである。彼らの生活が立ち行かなくなれば、国土の保全そのものが危うくなるのだ。だからこそ、無用な負担を削ぎ落とし、国民の暮らしを底上げする「責任ある積極財政」が求められている。将来の不安を煽るだけの緊縮策ではなく、国民に直接届く経済対策を打つこと。それこそが、この国を再び立ち上がらせる唯一の道であるといえる。
