『見えない貿易の正体。サービス収支が映す日本の現在地』
形なき貿易のメカニズム
前回取り上げた貿易収支は、自動車や製品といった「モノ」が物理的に国境を越えて移動するため、誰の目にも明らかで理解しやすい指標であった。対して、今回のテーマである「サービス収支」は、実体が伴わない分、少々イメージしにくいかもしれない。 しかし、経済のソフト化が進む現代において、この指標の重要性は増している。そもそもサービスとは、第二回で触れた通り、形としては残らないが他者の需要を満たす行為全般を指す。最大の特徴は、在庫として保管できず、持ち運びも不可能で、生産されたその瞬間に消費されるという点にある。運送、通信、建設、医療、そして金融などがこれに該当する。
少し視点を変えてみよう。例えば、日本のアーティストが海外ツアーを行い、現地の観客を熱狂させたとする。この時、日本は歌やパフォーマンスという「興行サービス」を輸出したことになる。逆に、私たちが海外のシステムやプラットフォームを利用すれば、それはサービスの輸入となる。モノが動かなくても、そこには確実にお金の流れ、すなわち貿易が存在しているのである。
観光立国への転換点
日本のサービス収支の推移をグラフで見ると、長らく赤字が続いてきたことがわかる。しかし、その内訳には劇的なドラマが隠されている。最もわかりやすいのが「旅行収支」の変遷である。 旅行収支とは、日本人の海外旅行(支出)と、訪日外国人の旅行(収入)の差額である。かつては日本人が海外へ行き、現地でお金を使う額の方が圧倒的に大きく、万年赤字の項目であった。日本人が海外旅行をするということは、外国から観光サービスを輸入しているのと同じだからだ。 潮目が変わったのは二〇一五年である。当時の政権が強力に推進したインバウンド政策により、外国人観光客が激増。ついに旅行収支は黒字へと転換した。これは、日本が「モノを売る国」から「体験を売る国」へと進化しようとする象徴的な出来事であった。二〇二〇年以降のパンデミックによる激減は記憶に新しいが、回復基調にある今、再び日本の稼ぎ頭としての期待がかかっている。
技術で稼ぐ日本、金融で払う日本
もう一つ、日本の底力を示しているのが「知的財産権等使用料」である。これは特許権や著作権の使用料のやり取りを示す。二〇〇二年までは赤字であったが、二〇〇三年以降黒字化し、その後も黒字幅を拡大させている。 これは、日本企業が海外で現地生産を行う際、親会社が持つ技術やノウハウを提供し、その対価を受け取るシステムが確立されたことを意味する。日本は依然として、世界に誇る技術輸出国なのである。ただし、政府が科学技術投資を渋れば、この優位性がいつまで続くかは定かではない。
一方で、警鐘を鳴らすべき数字もある。「保険・年金サービス」の赤字拡大だ。これは日本国内において、外資系の保険会社や金融機関が収益を上げていることを示している。テレビCMでよく見るあの有名なアヒルのキャラクターの保険会社などを想像すればわかりやすいだろう。日本の富が、保険料という形で海外へ流出している現実が、この数字にはっきりと表れている。 数字は嘘をつかない。サービス収支を読み解くことは、日本の産業競争力の強みと弱みを、残酷なまでに客観視することに他ならないのである。
