政治・経済

公約破棄か?食料品消費税ゼロの行方

taka

選挙直後の変節

選挙が終わった途端、雲行きが怪しくなってきたといえるだろう。自民党が掲げていた公約、「食料品の消費税ゼロ」。この実現について問われた小林政調会長は、「検討を加速させる」という言葉を繰り返した。永田町の論理において、選挙後の「検討」とは、すなわち「やらない」という意思表示に近い。選挙期間中の勢いはどこへやら、当選した瞬間にトーンダウンする様は、ある種の様式美とすら言えるかもしれない。結局のところ、有権者は「やる気」という雰囲気だけに票を投じてしまったのではないだろうか。

「責任ある積極財政」の虚構

彼らが繰り返す「責任ある積極財政」というフレーズにも、危うさを感じざるを得ない。この「責任」とは、一体誰に対するものなのか。国民の暮らしへの責任か、それとも財務省の規律に対する責任か。具体策が見えぬまま、刷新されたビジュアルと「初の女性総理」というムードだけで、選挙戦が押し切られた感は否めない。実質賃金が低下し続ける中、具体的な所得向上策もなく、ただ「強い経済」という言葉だけが踊る。これでは、国民生活の底上げなど夢のまた夢である。

消費税ゼロの構造的欠陥

そもそも、食料品限定の消費税ゼロ政策には、構造的な欠陥がある。飲食店は「食料品」ではなく「サービス」を提供しているため、この減税の対象外となる。それどころか、仕入れにかかる税額控除が複雑化し、実質的なコスト増、ひいては経営圧迫に繋がりかねない。 また、多くの人が誤解しているが、消費税は「預かり税」ではない。税率がゼロになったからといって、その分が綺麗に販売価格から引かれるとは限らないのだ。企業のコスト増や内部留保に消え、価格は据え置かれる。そして2年後の措置終了時には、便乗値上げでさらに価格が跳ね上がる。そんな未来すら予測できるだろう。

思考停止の代償

結局のところ、一律5%への減税こそが、インボイスの事務負担も減らし、経済を回す最善手であるはずだ。しかし、今の政治にはその合理性よりも、選挙向けのパフォーマンスが優先されている。 「失われた30年」に慣れきった我々は、景気回復の実体験を持たないまま、雰囲気だけで政治を選んでしまったのかもしれない。この4年間でその答え合わせをすることになるが、公約が「検討」という名の棚上げで終わった時、我々は持ちこたえられるのだろうか。思考停止の代償は、あまりに大きいといえる。

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ABOUT ME
TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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