執着は敵──ストア哲学と心理学に学ぶ「手放す力」
執着が不幸を生む理由
インド出身のイエズス会司祭アントニー・デ・メロはこう言いました。
「不幸の原因はひとつしかない。その名は執着である」
私たちが抱くイメージへの執着、富や地位への執着、仕事やライフスタイルへの執着。これらは一見すると生きる支えのように思えますが、実は私たちを不自由にする要因にもなります。なぜなら、それらを持ち続けられるかどうかは、自分の力を超えたところにあるからです。
エピクテトスが語る「選択の力」
ストア派の哲学者エピクテトスは、『語録』の中で次のように述べています。
「理性によって選ぶことのかなわない物事を愛すれば、選択の力をまったく失うことになる」
私たちがコントロールできるのは「判断」や「態度」であり、外部の出来事や他人の行動は選べません。にもかかわらず、外部のものに強く執着すると、それに振り回され、心の自由を失ってしまうのです。
執着の罠──「赤の女王効果」
ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王」は、同じ場所にとどまるために必死で走り続けます。これは現状維持に固執する人間の姿にも重なります。
一度何かに執着すると、「失うこと」が怖くなり、守るために全力を尽くさざるを得なくなります。しかし、世界は常に変化しているため、同じ状態を保つのは不可能です。結果として、私たちは疲弊し、不安やストレスに押しつぶされてしまうのです。
不変のもの──「理性による選択」
エピクテトスは、「プロハイレシス(prohairesis)」と呼ばれる概念を重視しました。これは「理性による選択の力」のことです。
物や地位、人間関係は移ろいゆくものですが、それらをどう受け止め、どう向き合うかは自分の選択に委ねられています。つまり、失うことそのものは避けられなくても、「それをどう解釈するか」は私たち次第なのです。
日常で実践できる“手放す力”のヒント
- モノにこだわりすぎない:大切に扱いつつも「いつか壊れる」と理解する。
- 結果に執着しない:努力は自分の領域だが、結果は外部要因に左右されることを受け入れる。
- 人間関係を流動的に見る:「永遠に続く関係はない」と意識することで、今の関係をより丁寧に味わえる。
- 変化を前提とする:予期せぬ出来事を「想定外」とせず、「想定内」と考える習慣を持つ。
まとめ
執着は私たちを縛り、不安や不幸の原因となります。しかし「理性による選択の力」を意識すれば、変化を柔軟に受け止められるようになります。
外部のものを完全に支配することはできません。けれども、それにどう反応するかは自分で決められるのです。執着を手放し、選択の自由を取り戻すことこそ、しなやかに生きる第一歩ではないでしょうか。
