『メンタル脳』に学ぶ――落ち込みは「脳の誤作動」?不安やうつを科学で読み解く新しい生き方
『メンタル脳』に学ぶ:不安や落ち込みは「生きのびるための脳の戦略」
「もっとポジティブに生きたい」「落ち込みやすい自分を変えたい」
――そう思っても、心は思うようにコントロールできません。
でも、もし“落ち込みやすい脳”こそが、あなたを生かしてきたとしたら?
世界的ベストセラー『スマホ脳』『運動脳』で知られるスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏の最新作『メンタル脳』(新潮社)は、不安やうつが「脳の進化の結果」であることを科学的に解き明かします。
「メンタルが弱い」ではなく、「生存のために設計された脳が働いているだけ」――そんな新しい視点が得られる一冊です。
幸せが続かないのは、脳のせい
「せっかく楽しい気分になっても、すぐ不安になる」
――それは、あなたの性格の問題ではなく、脳の生存戦略によるものです。
人類の99.9%の歴史は、飢えや猛獣の危険と隣り合わせの狩猟採集時代。
当時の脳にとって最優先は“生き延びること”であり、常に危険を察知して警戒することが求められました。
その結果、人間の脳は「不安」や「恐怖」という感情を発達させました。
これらのネガティブ感情こそが、危険を回避し、生き残るための警報システムだったのです。
幸せが長く続かないのは、脳が次の危険に備えようとスイッチを切り替えているから。
つまり、「ずっと幸せでいられない」のは脳の仕様なのです。
不安は「脳の誤作動アラーム」
脳の中には、**扁桃体(へんとうたい)**という“警報センター”があります。
この部位は「危険かもしれない」と判断すると、即座にストレス反応を起動させます。
しかし、現代ではサバンナのトラの代わりに、メール、ニュース、SNS、上司の顔が“危険”として認識されてしまう。
その結果、扁桃体はほぼ常時アラームを鳴らしっぱなしになり、誤作動を起こしてしまうのです。
強い不安やパニックを感じたときは、
「これは脳の誤作動アラームだ」と受け止めるだけでも、心が軽くなります。
うつや引きこもりは「休息のためのプログラム」
ハンセン氏は、うつや引きこもりにも進化的な意味があると語ります。
たとえば妊婦が人と会いたくなくなるのは、感染リスクを避けて胎児を守るため。
また、人生の大きな決断の前に気分が沈むのは、「思考の時間を確保するため」なのです。
つまり、うつっぽくなるのは脳が「これ以上動くな、危険だ」とストップをかけている状態。
私たちがそれを“怠け”や“甘え”と誤解しているだけなのです。
メンタルを整える最強の方法は「運動」
『メンタル脳』の最大のメッセージは、脳と身体は一体だということ。
運動をすると、心拍や血流、ホルモンが整い、脳の環境も安定します。
その結果、セロトニンやドーパミンといった「幸福物質」が活性化し、うつや不安が和らぐのです。
実際、
- 毎日15分のジョギング
- もしくは1時間のウォーキング
この習慣で、うつのリスクが26%減るという研究結果も紹介されています。
激しい運動でなくても大丈夫。
「少し身体を動かす」ことが、脳にとっては最良の薬なのです。
SNSが脳を不安にする理由
SNSを長時間見たあと、なんとなく心が重くなる――
その理由も、脳の進化にあります。
人間は長い間「仲間とのつながり」で生き延びてきました。
だからこそ、孤立や排除に敏感です。
SNSで他人の華やかな投稿を見ると、
脳は「自分はグループから外れている」と錯覚し、警報を鳴らしてしまう。
ハンセン氏は言います。
SNSの使用時間は1日1時間以内にするだけで、幸福度が大きく変わる。
比較から距離をとり、「リアルなつながり」に目を向けることが、メンタルの安定には欠かせません。
「遺伝だから仕方ない」は間違い
うつの原因を「遺伝のせい」と思う人は多いですが、科学的には違います。
うつになりやすい遺伝子は数百~数千あり、それらが複雑に作用しています。
重要なのは、「リスクは変えられないが、発症は防げる」ということ。
運動、睡眠、社会的つながり――
これらの生活習慣が、遺伝よりも強くメンタルに影響を与えるのです。
脳は固定された機械ではなく、可塑性(かそせい)を持つ柔らかい器官。
小さな行動の積み重ねで、いくらでも状態を変えられるのです。
幸せは「追う」ものではなく「生まれる」もの
本書のラストで、ハンセン氏はこう語ります。
「幸福とは、他者とのつながりの中で、意味のあることに夢中になっている状態だ。」
狩猟採集時代、人類は“協力する動物”として生き残りました。
人との絆、信頼、そして身体を動かす日々――それこそが、脳にとって自然な生き方。
「幸せでいよう」と努力するよりも、
「意味のあることに熱中する」ことが、結果として幸福を生むのです。
まとめ:メンタルが弱いのではなく、「脳がよく働いているだけ」
『メンタル脳』は、メンタルを「努力」や「性格」で片づけない一冊です。
不安も、落ち込みも、怠け心も――
すべては、生きのびるために脳が選んだ戦略。
大切なのは、そのメカニズムを理解して、自分を責めないこと。
そして、運動・つながり・適度な休息という“原始的なリズム”を取り戻すことです。
この本を読み終えるころには、
「メンタルが弱い」ではなく「脳が人間らしく働いている」と思えるようになるでしょう。
