「自棄と排他は滅びの始まり」──幸田露伴『努力論』に学ぶ、競争社会で忘れてはならない“互助の力”
「自棄」と「排他」が生む破滅の連鎖
幸田露伴の『努力論』は、単に努力を美徳として語る本ではありません。
それは、人間社会がどうすれば健全に成長できるかという「社会倫理の書」でもあります。
第218節「自棄は排他を招き、排他は争いを招く」では、
露伴が最も嫌悪した**“自棄(じき)=投げやりな心”**が、
どのようにして社会や産業を腐らせていくかを鋭く描いています。
彼はこう言います。
「自棄になれば、他人を助けようなどという気にはならない。やがては排他の感情が起こるようになり、それが行動にも表れて、同業者がお互いに助けるどころか、お互いを傷つけ合うようになる。」
つまり、**「自棄」→「排他」→「争い」→「滅亡」**という連鎖が始まるのです。
自棄とは、「努力をあきらめる心」
露伴のいう「自棄」とは、
単に落ち込んだり、諦めたりすることではありません。
それは、**「どうせ無理だ」「もう努力しても仕方がない」**という精神的な投げやりのこと。
この自棄が芽生えると、
- 他人への思いやりが消え、
- 協力する気持ちが薄れ、
- 「自分さえ良ければいい」という孤立した心が生まれます。
露伴は、この“自棄の心”こそが社会の病の根だと見抜いていました。
一人の人間が自棄になれば、職場や地域で人間関係が壊れ、
同業者同士が敵対すれば、産業全体が衰退していく。
個人の心の問題が、やがて国家の衰退にまでつながる──
露伴の警句は、まさに社会心理の構造を言い当てています。
「排他の心」は協力を奪い、組織を壊す
自棄が生まれると、人は他人を信用できなくなります。
その結果、次に起こるのが「排他」の感情です。
「同業者がお互いに反目し、お互いを排除するようになっては、全体が手を連ねて深い谷底に転落することを避けることはできない。」
露伴が指摘するように、
同業者が互いを敵視し、情報を隠し合い、協力を拒むようになると、
業界全体が競争に疲弊して沈んでいく。
現代でいえば、
- 社内の派閥争い
- 他社の足を引っ張る行為
- チーム内の嫉妬や排除
こうした“内なる争い”が続けば、
いくら外見上の成長を遂げていても、その組織はいずれ崩れます。
露伴の言葉を現代的に言い換えれば、
「敵は外にではなく、内に生まれる。」
ということなのです。
自助は尊い、しかし互助なしでは続かない
露伴はこうも述べています。
「自助の精神自体は立派なことであり、他人に頼ることは好ましいことではない。しかし、互助の精神もまた、人間が社会を形成している以上は必要であり大切なものである。」
ここに、露伴の思想の核心があります。
彼は、「自助=努力する力」を称賛しつつも、
それを**「互助=支え合う力」**と両立させることが重要だと説きました。
自助だけでは社会がバラバラになり、
互助だけでは自立心が失われる。
だからこそ、
- 自分で努力し、
- 同時に他人と協力し、
- 共に発展していく
この「両輪の精神」が、社会の健全な成長には欠かせないのです。
競争は悪ではない。しかし、互助の上に成り立つべき
露伴は、競争そのものを否定していません。
むしろ、競争は人を磨き、社会を進化させる原動力だと考えています。
「競争は決して悪いものではないが、互助は競争以上に価値のあるものであり、お互いの利益にもなるのだ。」
この言葉は、現代のビジネス社会にもそのまま当てはまります。
「勝つこと」だけを目的にした競争は、
一時的な成果をもたらしても、やがて信頼を失い、組織を衰退させる。
一方で、互助の上にある競争──つまり、
「共に伸びるための切磋琢磨」は、長期的な繁栄を生むのです。
露伴はここで、“協力のある競争”こそが理想の姿だと教えています。
「自棄と互棄がはびこったとき、国は亡びる」
露伴の最後の一文は、非常に強い警告で締めくくられています。
「自棄と互棄がはびこったとき、その事業も国も亡びる。」
「互棄(ごき)」とは、互いに助け合う心を捨てること。
つまり、**「自分を捨て(自棄)、他人を捨て(互棄)」**たとき、
社会は崩壊するというのです。
これは単なる道徳論ではなく、
国家や経済の盛衰を見抜いた露伴の歴史的な洞察です。
現代に置き換えれば、
- 利益至上主義による分断
- 組織間の過度な競争
- 人間関係の希薄化
こうした現象はすべて「自棄と互棄」の現れ。
露伴が100年以上前に警告した“社会崩壊の構造”が、今まさに再現されているのです。
おわりに:努力とは、共に生きる力
幸田露伴の『努力論』は、
努力を「個人の修行」ではなく、**「人と共に歩む力」**として描いています。
「互助は競争以上に価値のあるものだ。」
この言葉に込められたのは、
人間の努力が真に意味を持つのは、他者との関係の中でこそだという信念です。
自助の精神を磨きつつ、互助の心を忘れない。
そのバランスこそが、個人を、組織を、そして国家を強くする。
露伴の言葉は、競争が過熱する現代社会において、
「人間らしく努力するとは何か」を静かに問いかけています。
