筋肉は単独で動かない?協働筋間で起こる「筋膜を介した力伝達」の最新研究
筋肉は「単独の発電機」ではない
私たち理学療法士が学ぶ古典的な筋学では、筋肉が収縮すると腱を介して骨に力が伝わるという直列的な構造を前提にしています。
しかし、最近の研究では、「筋肉は完全に独立して働くわけではない」ことが示唆されています。
筋肉同士や筋膜、血管・神経周囲の結合組織を介して、隣接する筋間で力がやり取りされるという現象が確認されてきました。
このような力の伝達経路は「epimuscular myofascial force transmission(筋膜経由の力伝達)」と呼ばれています。
筋膜を介した力伝達とは?
Huub MaasとThomas Sandercock(2010)のレビューでは、動物実験を中心にこの現象を詳しく検証しています。
彼らは、筋肉が腱以外の経路からも骨や他の筋へ力を伝えることを「epimuscular pathway」と定義しました。
この経路には主に2種類があります:
- 筋間(intermuscular)経路:隣り合う筋腹同士が筋膜や疎性結合組織でつながっている経路
- 筋外(extramuscular)経路:筋膜が血管・神経・筋区画の壁など非筋性構造とつながる経路
たとえば前脛骨区画では、長趾伸筋(EDL)、長母趾伸筋(EHL)、前脛骨筋(TA)が隣接しており、これらの間に筋膜連結が存在することが確認されています。
協働筋間での力のやり取り
ラット前脛骨区画の実験では、EHLやTAの長さを変えると、固定していたEDLの近位・遠位腱の張力が変化しました。
つまり、一方の筋を伸ばすだけで他方の筋の張力が変わるという結果が得られたのです。
さらに、筋間の筋膜を切除するとその影響が小さくなり、筋膜を介した力の伝達が実際に存在することが示されました。
ただし、この現象がどの程度「生理的な運動中」に意味を持つかは、まだ議論の余地があります。
実際の動作中にも起こるのか?
ネコを用いたより生理的条件下での実験では、筋膜を介した力伝達の影響は非常に小さいことが示唆されています。
同時に複数筋を収縮させた場合も、力の合成はほぼ直線的(単純加算的)であり、筋間の影響は2〜9%程度と限定的でした。
つまり、通常の動作中には、筋膜経由の力伝達は補助的に働いている可能性が高いと考えられます。
それでも重要な理由:損傷時の「セーフティネット」
注目すべきは、筋膜連結が「損傷時の代償経路」として機能する可能性です。
たとえば、ヒラメ筋(soleus)の腱を完全に切断しても、腱以外の経路を介して約45%の力が発揮されたという報告があります。
また、筋線維の一部が損傷しても、筋膜ネットワークが残りの健常線維から力を受け取り、損傷部を保護しながら修復を促すことが観察されています。
このことから、**筋膜は筋腱損傷時の「安全装置」**として働くと考えられています。
臨床への示唆
- 筋膜を介した力伝達は、通常動作では小さいが損傷や術後回復期において代償経路となる可能性がある
- 筋膜癒着や瘢痕形成は、力伝達経路を変化させる要因となる
- 筋膜の柔軟性や滑走性を保つことは、筋間の協調運動を支える基盤になる
リハビリテーションの場では、筋膜を単なる「包み」ではなく、機能的な連結組織として捉えることが重要です。
まとめ
Huub Maasらの研究は、筋肉の力伝達の概念を再定義しました。
筋肉は単独ではなく、筋膜ネットワークを通じて周囲と影響し合っています。
その影響は小さいながらも、損傷時や異常状態においては重要な役割を果たす可能性があります。
理学療法の評価や治療においても、筋膜や結合組織を含めた全体的な運動連鎖の理解がますます求められる時代になっているといえるでしょう。
