筋から「筋膜ユニット」へ:運動制御を再定義する新しい解剖学的視点(Steccoら, 2023)
■ 背景:筋単位(Motor Unit)では説明できない運動制御
長年、運動生理学では「運動単位(motor unit)=運動の最小構成要素」とされてきました。
これは「運動ニューロン+それが支配する筋線維群」という定義で、筋収縮の神経的制御を説明する基礎概念でした。
しかし近年、解剖学と筋膜研究の進展により、筋線維だけではなく、筋内結合組織や筋膜、神経、血管が一体的に機能していることが明らかになっています。
この新たな理解をもとに、Luigi Stecco(2002)は「筋膜ユニット(Myofascial Unit, MFU)」という概念を提唱しました。
■ 筋膜ユニット(Myofascial Unit)とは?
Steccoら(2023)は、筋膜ユニットを次のように定義しています:
筋・筋膜・神経・血管など、運動に関わる要素が双方向に依存し合う機能的複合体。
それぞれの構造は解剖学的にも生理学的にも連続しており、運動制御・感覚入力・血流調整などを協調的に担っている。
このユニットは、筋単位(motor unit)に代わる末梢運動制御の基本単位として位置づけられています。
■ 1. 筋と結合組織の連続性:筋膜は“内なる腱”
筋線維は、**筋内結合組織(endomy-sium, perimysium, epimysium)**に完全に包まれており、
- 筋線維が生む張力は、腱だけでなく筋膜ネットワークを介して隣接筋へも伝達される
- 約30%の筋線維は腱ではなく筋膜に直接連結している
この構造により、単一の筋ではなく、**筋膜を介した力の伝達(myofascial force transmission)**が生じます。
つまり、運動は一つの筋の収縮ではなく、複数筋と筋膜の協調的収縮によって成り立っているのです。
■ 2. 神経と筋膜:筋紡錘・自由神経終末の新しい理解
運動制御の鍵となる筋紡錘(muscle spindle)は、実は筋内結合組織に埋め込まれており、その感受性は筋膜の張力状態に強く影響されます。
- 筋膜の硬化や線維化が起きると、筋紡錘が適切に伸張刺激を受け取れず、
→ 固有感覚の低下
→ 筋緊張の異常
→ 運動制御の乱れ
を招く可能性があると指摘されています。
また、筋膜には自由神経終末・Ruffini小体・Pacinian小体などの機械受容器が多数存在し、
痛み・圧覚・張力感知などを担っています。
特に胸腰筋膜(TLF)は筋よりも高密度に神経が分布しており、筋膜は感覚器官(sensory organ)としての役割を持つと位置づけられています。
筋膜性疼痛が「焼けるような・刺すような痛み」として表現されるのは、この感覚神経支配の違いによるものと考えられます。
■ 3. 血管と筋膜:循環・代謝との連動
筋への血流は、エピミシウムやペリミシウム内を走行する微小血管網によって調節されています。
筋膜にも独自の血管・リンパネットワークが存在し、張力や伸張刺激に応じて局所循環を自律的に調節しています。
さらに、近年の研究では筋膜内にレニン・アンジオテンシン系(RAS)受容体が存在し、
アンジオテンシンIIが筋膜線維化や血流調節に関与している可能性が指摘されています。
これは、筋膜組織が単なる「構造物」ではなく、動的に血流・圧力・張力を感知する生理的組織であることを意味します。
■ 4. 発生学的視点:筋と筋膜は同じ“起源”を持つ
筋・筋膜・骨は、すべて**傍軸中胚葉(paraxial mesoderm)由来の筋節(myotome)から発生します。
発生初期から両者は密接に連結しており、筋の形成そのものが筋膜由来の線維芽細胞(Tcf4+ fibroblasts)**によって誘導されることが確認されています。
この発生学的背景からも、筋と筋膜を分離して考えることは非生理的であり、**両者は一体として成長・機能する「ユニット」**であることがわかります。
■ 5. 臨床的意義:筋膜ユニットを意識した治療戦略
Steccoらは、筋膜ユニットの概念を理解することで、筋膜性疼痛や運動障害の臨床像を再解釈できると述べています。
筋膜ユニットの障害がもたらす臨床像
- 筋膜の線維化 → 血流・神経伝達の低下 → 筋緊張・疼痛増強
- 固有感覚の乱れ → 姿勢制御の異常・運動協調の低下
- 局所的な拘縮が隣接筋に波及 → 筋連鎖(myofascial chain)の破綻
治療的アプローチ
- **徒手的介入(筋膜リリース・カッピング)**により、張力と滑走性を回復
- 運動療法で筋膜ユニット全体の協調性を再構築
- 呼吸・循環アプローチにより、血流と自律神経バランスを改善
このように、筋膜ユニットの概念は「局所治療からシステム的治療へ」のパラダイム転換を促しています。
■ まとめ
Antonio Steccoら(2023)の総説は、
- 筋と筋膜、神経、血管は生理学的に連動する一つのユニットである
- 筋膜は運動制御・感覚・循環に深く関わる「橋(bridge)」のような存在である
- 筋膜ユニットの破綻=筋膜性疼痛・運動障害の根本原因となる
ことを示しています。
私たちが見る「動き」は、筋の収縮だけでなく、筋膜ユニット全体の調和の結果です。
これを理解することが、より包括的な運動療法と疼痛治療への第一歩となるでしょう。
