『国家が「堕ちる」とき。キューバの惨状と日本の未来』
「貧困国」の真の定義
「発展途上国」という言葉を聞いて、多くの人は何を思い浮かべるだろうか。単に「お金がない国」だと考えるならば、それは本質を見誤っている。現代の通貨制度において、自国通貨を持つ政府が予算を組めば、貨幣などいくらでも発行できるからだ。
では、本当の意味での貧困国、あるいは発展途上国とは何か。それは、「人々が生きていくために必要な財やサービスを、自国の共同体が生産・供給できない国」のことを指す。カネがあってもモノがない。これこそが、国家としての致命的な欠陥なのである。現在の日本は、供給能力の毀損によるインフレに直面しているとはいえ、まだこの段階には至っていない。しかし、政策を誤れば、いかなる国であってもそこへ転落する可能性は常に潜んでいるのだ。
崩れ去った「地上の楽園」
その冷徹な実例として、カリブ海の島国、キューバの現状を直視する必要がある。かつて「社会主義の楽園」などと持て囃されたイメージは、もはや過去の遺物である。現在のキューバは、深刻な食料不足と電力危機に喘ぎ、国家としての機能不全に陥っている。
かつてこの国を支えていたのは、ベネズエラからの安価な石油供給であった。しかし、米国の経済制裁による海上封鎖の影響で、その生命線は細り、供給量はかつての3分の1以下にまで激減した。電気がなければ、扇風機すら回せない。蒸し暑い夜、国民は屋外で寝ることを余儀なくされ、病院や学校といった公共インフラさえも停止している。食料も医薬品もなく、国民の70%以上が、一日に最低一食を抜くという飢餓状態にあるのが現実なのだ。
グローバリズムによる階級社会の残酷さ
さらに驚くべきは、社会主義を掲げるこの国で、極端な「階級社会」が形成されていることである。そこには残酷なまでの三層構造が存在する。 まず、グローバリズムと結びつき、莫大な富を独占して豪邸に住む「上流階級」。次に、アメリカへ渡った親族からの送金によって辛うじて生活を維持する「中流階級」。そして、月数ドルという無価値に等しい公的給与と、枯渇した配給に頼り、飢えと死の縁にいる大多数の「下流階級」である。
もはや、そこに平等の理念など微塵もない。2020年以降、実に人口の4分の1にあたる約270万人が、生きるために国を捨てた。これが、「生産能力」を失い、外部環境の変化とグローバリズムの波に飲み込まれた国家の末路である。
他人事ではない日本の明日
「食料がない、電気がない」。この悲痛な叫びを、遠い海の向こうの出来事として片付けることは容易い。しかし、生産基盤の弱体化は、緩やかに、だが確実に国家を蝕んでいく病である。
日本もまた、長引くデフレと緊縮財政によって、国内の供給能力を毀損させ続けてきた。必要な投資を怠り、誤った金融政策や財政運営を続ければ、私たちもまた「堕ちる」可能性がある。カネの数字だけを追いかけ、モノを生み出す力を軽視した先に待っているのは、国家の衰退である。キューバの惨状は、我々に対する強烈な警告といえるだろう。今こそ、国家を凋落させる政策に抗い、生産する力を取り戻す道を選ばなければならない。
