新渡戸稲造『世渡りの道』に学ぶ——「いなければ困る人」になれ
「いなければ困る人になれ」——新渡戸稲造の人間観
新渡戸稲造は『世渡りの道』の中で、英語の「miss(ミス)」という言葉を例にこう語ります。
「『ミス』とは、ものの不足を感じるということだ。
あれがあったら、こんな不自由はしないだろうとか、
あの人がいれば、こんな苦労もしないだろう、という意味である。」
そして彼はこう続けます。
「このように、人から『ミス』されることは、どんな仕事をしていても最も大切なことだ。
いなければ困るような人になってはじめて一人前といえるのだ。」
ここにあるのは、**「替えのきかない人間になれ」**という単なる競争の勧めではなく、
**「人に必要とされるように生きよ」**という温かい人生哲学です。
「いなくてもいい人」から「いないと困る人」へ
私たちの社会では、AIやマニュアル化によって多くの仕事が効率化されています。
誰がやっても同じ結果が出る仕事が増える一方で、
「この人でなければできない」「この人がいるからうまくいく」という存在はますます貴重です。
新渡戸が生きた明治の時代でも、社会は急速に近代化し、
“人の代替性”が問われる時代でした。
だからこそ彼は、人間としての**「信頼」「人格」「誠実さ」**という
機械では代えられない価値を強調したのです。
「ミスされる人」とは、信頼を積み重ねた人
「いなければ困る人」とは、特別な才能を持つ人ではありません。
むしろ、日々の小さな誠実さや思いやりを積み重ねてきた人です。
- 約束を守る
- 他人の立場を思いやる
- 与えられた仕事を丁寧にこなす
- 周囲に安心感を与える
こうした地道な積み重ねが、人の心に「この人がいてくれてよかった」という感情を生み出します。
“ミスされる人”とは、信頼の記憶を残す人なのです。
「必要とされること」は、最上の幸福である
現代では「自分らしく生きる」「他人に依存しない」という価値観が重視されます。
しかし、新渡戸の思想はその反対側にある「他者との関係性の幸福」を教えてくれます。
人から「あなたがいてくれて助かった」と言われること。
それは、報酬や肩書き以上に深い喜びを与えてくれます。
「いなければ困る人になってはじめて一人前といえる。」
この言葉は、「人は他人の中でこそ輝く存在である」という
新渡戸の人間観の結晶でもあります。
「人の役に立つ」ということは、難しくも尊い
「人のために生きる」というと、美しい理想に聞こえます。
しかし実際には、他人に感謝されない努力や、報われない苦労も多いものです。
それでも、新渡戸はこうした人生の現実を理解したうえで、
**「それでも人のために生きよ」**と説いています。
人から必要とされるということは、
その分だけ「責任」や「覚悟」も背負うこと。
しかし、それこそが人を成長させる最大の力なのです。
現代へのメッセージ:個性よりも「信頼」が人を光らせる
現代社会では「個性」「能力」「実績」といった言葉がもてはやされます。
けれども、どんなに優秀でも「信頼されない人」は長くは必要とされません。
一方で、特別なスキルがなくても、
誠実で、謙虚で、いつも笑顔で周りを支える人は、
どんな場所でも「いなければ困る存在」になります。
新渡戸が伝えたかったのは、まさにこの真理です。
**「優秀さよりも、人間としての信頼こそが最大の力になる」**ということ。
まとめ:あなたがいることで、世界が少し良くなる
新渡戸稲造の『世渡りの道』は、今の時代にこそ響く人生指南書です。
「いなければ困るような人になってはじめて、一人前といえる。」
それは、他人を支え、信頼を積み重ねる生き方。
自分がいなくなったとき、誰かが「寂しい」「助かっていた」と思ってくれること。
それが、人としての何よりの誇りではないでしょうか。
「ミスされる人」——それは、静かで深い幸福の証。
新渡戸稲造の言葉は、今を生きる私たちに、
“人の中で生きる”という温かな真実を教えてくれています。
