痛覚変調性頭痛の登場
2017年、国際疼痛学会 は「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」に加えて、新たに 痛覚変調性疼痛 という概念を導入しました。
これは「組織損傷や神経障害の証拠がないにも関わらず生じる痛み」を指し、脳や脊髄などの中枢神経系での痛覚処理異常が背景にあります。
定義と特徴
痛覚変調性疼痛は以下のように定義されます。
「末梢の侵害受容器の活性化による組織損傷や、その恐れのある症候がなく、体性感覚系の疾患や障害の証拠もないにも関わらず生じる痛み」
つまり、
- 明確な組織損傷がない
- 神経の器質的な障害もない
- それでも患者は痛みを強く訴える
という特徴を持ちます。
これまで「原因不明」とされてきた疼痛の一部が、この 痛覚変調性疼痛 に分類されることで、臨床での理解が進みつつあります。
痛覚変調性疼痛が重要な理由
これまで、侵害受容性や神経障害性の疼痛は画像検査や神経学的所見から理解しやすくなってきました。しかし、画像に映らず、原因がはっきりしない疼痛 は診断・治療に難渋することが少なくありません。
そうしたケースでは、脳による痛覚処理の問題、つまり 痛覚変調性疼痛が主体である可能性 を考える必要があります。
脳と痛みの錯覚
国際疼痛学会が2020年に改定した痛みの定義には、
「組織損傷が起こり得る状態に付随する、あるいはそれに似た感覚かつ情動の不快な体験」
という表現が含まれています。
この部分に注目すると、痛みは実際の損傷がなくても「起こりそう」と脳が錯覚するだけで自覚されることがわかります。
- 仲間からの孤立など社会的ストレス
- 痛そうな画像を見る
- 医療者から否定的な言葉をかけられる
これらの状況でも ペインマトリックス(痛みに関連する脳領域) が活動することが知られています。
つまり、患者への言葉や態度が痛みを増悪させることもあるのです。
痛覚変調性疼痛への治療アプローチ
一般的には、
- 下降性疼痛抑制系を賦活させる薬物療法
- 認知行動療法(CBT)
などが選択されます。
一方で、理学療法の立場からできることもあります。
1. ポジティブな感覚刺激の入力
- 超音波エコーで痛み部位を可視化しながら触診
- 痛みのない触覚刺激をリアルタイムでフィードバック
- 視覚・触覚を組み合わせて「痛みが変わる体験」を与える
2. ミラーセラピーやラバーハンドイリュージョン
心理学者ラマチャンドランの研究から生まれたこれらの手法は、
「脳の錯覚」を利用して痛みの改善を目指します。
3. ハイドロリリースとの併用
痛みの部位をエコーで描出しながら生理食塩水を注入し、同時に触覚刺激を与えることで、患者に「痛みが変化する実感」を与えることが可能です。
理学療法士に求められる姿勢
痛覚変調性疼痛は「どこに行っても原因がわからない」と患者が感じやすいタイプの痛みです。
そのため理学療法士は、
- 原因不明と切り捨てず、痛みを「脳での処理の問題」と捉える
- ポジティブな言葉や体験を通じて患者を安心させる
- 再現性のある「痛みが変わる体験」を提供する
といった姿勢が非常に重要になります。
まとめ
- 痛覚変調性疼痛 は2017年に国際疼痛学会が提唱した第三の疼痛メカニズム
- 組織損傷や神経障害がなくても痛みが生じる
- 脳の錯覚による「起こりそうな不快感」が痛みとして認識される
- 治療は薬物・認知行動療法に加え、理学療法でもポジティブな感覚刺激や視覚的フィードバックを活用できる
- 患者の不安を煽らず、安心感を与える関わり方が臨床成績を左右する