日本凋落を招いた誤解と財政目標の実相
二つの誤解が生んだ歴史的な迷走
日本が長期停滞へ向かった背景には、財政運営を左右した二つの誤った前提があったといえる。
ひとつは、デフレの本質である「総需要の不足」への理解が欠けていたこと。デフレを単なる貨幣量の問題と捉える見方が広まり、本質的な需要の弱さに目が向けられなかった。
もうひとつは、国債金利は政府にコントロールできないという認識である。だが日本では、実際に日銀がイールドカーブコントロールを行い、長短金利の誘導を続けてきた歴史がある。この事実を踏まえれば、「金利は市場が決める」という前提は絶対ではなかったといえる。
PB黒字化の本当の目的
当初のプライマリーバランス黒字化目標は、財政収支そのものを黒字化することが目的ではなかった。狙いは「政府債務対GDP比を引き下げること」にあった。
債務対GDP比が下がる条件はシンプルである。PBが均衡していると仮定すると、「名目GDP成長率が国債金利を上回る」ことが必要となる。しかし名目GDPも金利も市場次第という前提が置かれ、政府が操作できる余地はPB調整しかないと考えられてきた。
金利コントロールを無視した発想
2017年、当時の財務大臣が「債務対GDP比を安定的に引き下げる方が難しい」と語った背景にも、名目GDPや金利は政府が動かせないという思い込みがあったのだろう。
しかし日本は独自通貨国であり、中央銀行による金利コントロールは制度上も実務上も可能である。実際に行われていた政策を踏まえれば、前提そのものが誤っていたことが見えてくる。
PB目標が招いたデフレ深化
PB黒字化を優先すると、増税や歳出削減が進む。結果として総需要が減少し、デフレ圧力が強まる。名目GDPは総需要そのものといえるため、需要の縮小は成長率の鈍化を招き、かえって政府債務対GDP比の悪化につながる構造を生む。
つまり「デフレの理解不足」と「金利は操作できない」という二つの誤解が重なり、日本は必要な需要拡大を行えず、長期停滞を深めることになったといえる。
思い込みが国を動かすという現実
思い込みが国の針路を誤らせるなど荒唐無稽に聞こえるかもしれない。しかし歴史を振り返れば、誤った前提に基づく政策が国家の行方を左右した例は少なくない。
日本が直面した停滞もまた、認識のズレが積み重なった末の帰結といえる。今こそ前提を見直し、実態に即した政策判断が求められる時期にある。
