『PB目標が日本経済を縛った20年の代償』
PB目標と非常事態の衝突
2001年、日本はプライマリーバランス(PB)黒字化という財政目標を掲げた。しかしその後の歴史を見れば、リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍と、予測不能な非常事態が連続した。そもそもデフレが続いていた時点で日本経済は非常事態にあったといえる。
問題は、こうした危機が発生したとき、政府がPB黒字化という“ユートピア的な財政均衡主義”を閣議決定していたことである。理想と現実が衝突し、結局は通常予算を抑え、補正予算で穴埋めするという妥協が続いた。
補正依存が生んだ歪み
補正予算はあくまで緊急対応であり、需要を安定的に支えるものではない。通常予算が抑え込まれるなか、企業は「継続的な需要拡大」を感じ取ることができず、投資は停滞。生産性は伸びず、供給力はむしろ劣化していった。
その結果、政府債務は積み上がった一方、名目GDPの伸びは弱く、債務対GDP比は上昇し続けた。これは緊縮の副作用であり、PB目標にこだわった20年の大きな代償である。
2023年、経済は転機を迎えた
2023年頃になると状況が変わる。供給能力の毀損からサプライロス型インフレが発生し、GDPデフレータが明確にプラス化した。物価上昇は輸入ではなく、国内供給力の不足が主因となり、名目GDPはようやく大きく膨らみ始めた。
その結果、債務対GDP比率は低下に向かった。しかし同時に補正依存が続く限り、政府債務そのものは積み上がり続ける。
「185倍」という数字が示す現実
日本政府の長期債務残高は2025年度末時点で1970年度の185倍に達する。
この数字だけ聞けば、誰もが「異常だ」と思うだろう。しかし見方を変えれば、これは単に「政府が国民に供給した貨幣の記録が185倍になった」という事実にすぎない。経済規模、物価水準、人口、産業構造など、社会は半世紀で劇的に変化している。
それにもかかわらず、「国の借金が増えた」とだけ強調されれば、多くの国民は不安を抱く。だが、債務だけを取り上げる議論は本質を見誤らせる。問題は債務の多寡ではなく、経済を支える投資が行われているかどうかだ。
通常予算の拡大とPB破棄の必然
高市政権は、補正に依存してきた構造を改め、必要な経費を当初予算にきちんと積む方向へと舵を切り始めた。これは「安定的・継続的な需要」をつくるうえで不可欠である。
しかし当初予算を拡大するには、PB黒字化目標が障害となる。目標を残したままでは、再び補正頼みとなり、企業も国民も将来の需要を見通せない。
したがって、論理的に考えれば、PB目標の破棄は必然だ。だが破棄となれば、「国の借金が膨れ上がる」というキャンペーンが再び始まるだろう。
データを共有することが未来を変える
政府債務が185倍になったという事実を前にして、誰が「借金が大変だ」とだけ叫べるだろうか。その数字が意味するものを理解すれば、単純な恐怖ではなく、経済構造そのものを見る視点が育つ。
財務省やその支持者が何を言おうと、「国の借金」キャンペーンは続くだろう。しかし、事実とデータが共有されれば、社会は必ず変わる。
現実を知ることこそが、政治と経済を改善する唯一の道である。
