鵞足部の解剖と疼痛発生の仕組み|薄筋腱・半腱様筋腱の滑走障害と臨床評価
鵞足部は3筋の共同腱から構成される複合構造
鵞足部(pes anserinus)は、縫工筋・薄筋・半腱様筋の3つの腱が脛骨内側上部に集合し、**共同腱(conjoined tendon)**を形成しています。
この部位は膝内側の安定性を支える重要な構造であり、膝関節の屈曲・内旋・内反制御に関与しています(C30a)。
解剖学的には、
- 大腿遠位部:筋腹から腱への移行部があり、縦方向に強靭な線維束を形成。
- 下腿近位部:腱が扇状に広がり、脛骨内側面を被覆する腱膜状構造を呈する。
この扇状の広がりが、膝運動時における滑走性と張力分散を可能にしているのです。
薄筋腱と半腱様筋腱の圧痛発生部位の違い
臨床で圧痛が多く認められるのは、薄筋腱(gracilis tendon)です。
薄筋腱は脛骨近位内側前面に広がる扁平な腱であり、膝屈曲時や足関節背屈位で牽引力が集中しやすい構造を持ちます。
そのため、慢性的な摩擦や滑走障害によって脛骨前内側部の圧痛が出現しやすいのです。
一方で、**半腱様筋腱(semitendinosus tendon)**は薄筋腱のやや後方・深層を走行し、同様に扁平な腱構造を形成していますが、圧痛として認識されることは比較的少なく、臨床的には稀です(C30b)。
また、**半膜様筋腱(semimembranosus tendon)**はさらに深部に位置し、内側側副靱帯(MCL)や鵞足滑液包との交差が少ないため、摩擦刺激が起こりにくく疼痛を呈しにくい構造的特徴があります。
鵞足部と内側側副靱帯(MCL)との構造的関係
鵞足部と膝内側側副靱帯(MCL)は密接な位置関係にあります。
MCLの表層を構成する**AOL(Anterior Oblique Ligament)**には、薄筋腱および半腱様筋腱の扁平腱線維が一部混在しています(C30c)。
そのため、膝伸展位でMCLが張力を受ける際には、鵞足部の腱にも同時に緊張が波及します。
これにより、鵞足部が靱帯的な補助安定装置として機能している一方で、過剰な外反や回旋ストレスが加わると、腱膜部に摩擦が生じやすくなります。
対照的に、深層を走行する半膜様筋腱はMCLに交差せず、滑液包を介して分離されているため、摩擦や炎症の発生が非常に少ないと考えられます。
鵞足部滑走障害のメカニズム
外傷や繰り返しのストレスによって、薄筋・半腱様筋腱とその腱膜との間に**癒着(adhesion)**が生じると、腱の滑走性が低下します。
その結果、膝屈伸動作時に腱の動きが制限され、以下のような症状を呈します。
- 膝内側の引っ張られるような痛み
- 階段昇降時や立ち上がり動作での違和感
- 鵞足部触診での索状抵抗感
- 滑液包部の局所的な腫脹や熱感
慢性化した症例では、滑走制限が疼痛の主因となっていることが多く、単なる炎症性鵞足炎とは異なる対応が必要です(C30d)。
臨床評価:鵞足部滑走性を見極めるための伸張テスト
鵞足部痛を呈する場合、薄筋腱と半腱様筋腱のどちらが疼痛源かを鑑別することが重要です。
このため、膝軽度屈曲位で足関節背屈位にて個別伸張テストを実施します。
- 薄筋腱テスト
- 股関節外転+膝伸展+足関節背屈で疼痛再現
- 前内側部に局所圧痛があれば薄筋腱由来を疑う - 半腱様筋腱テスト
- 股関節伸展+膝屈曲+足関節背屈位で評価
- 後内側深部の痛みや張り感で半腱様筋関与を示唆
これらの比較により、どの層の滑走障害が主因なのかを明確にできます。
慢性化した鵞足部痛への治療アプローチ
慢性期の疼痛では、滑走性を回復させるために以下のような介入が有効です。
① 腱膜間モビライゼーション
薄筋腱と半腱様筋腱の境界を意識し、層間滑走を誘導するような軽度牽引・剪断刺激を加える。
過剰な圧迫は炎症を再燃させるため避ける。
② 足関節背屈位での動的ストレッチ
背屈により下腿筋膜が牽引され、鵞足部腱の滑走が促進される。
膝屈伸を組み合わせて動的に滑走を再教育する。
③ 股関節内転筋群・膝屈筋群の協調性改善
股関節内転筋と鵞足筋群は筋連鎖的に働くため、協調的な筋収縮を再構築することが疼痛軽減に寄与する。
まとめ:鵞足部は「共同腱」として機能する滑走系構造
鵞足部は、縫工筋・薄筋・半腱様筋が形成する共同腱構造であり、膝の安定性と運動の滑らかさを両立するための精巧なシステムです。
- 薄筋腱:脛骨前内側部に圧痛が好発
- 半腱様筋腱:深層で滑走補助的に働く
- 半膜様筋腱:深層を独立走行し、疼痛は稀
滑走障害や腱膜癒着が生じると、膝内側部痛が慢性化します。
足関節背屈位での伸張テストや動的モビライゼーションによって、腱の層構造と滑走性を意識した介入を行うことが、疼痛軽減と機能改善の鍵となります。
