鵞足腱スナッピング症候群の病態と臨床的評価|摩擦・牽引による膝内側痛の理解
鵞足腱スナッピング症候群とは?
鵞足腱(pes anserinus tendon)は、縫工筋・薄筋・半腱様筋の3つの筋腱が合流して形成され、膝関節内側を脛骨内側顆からMCL(内側側副靱帯)表層にかけて走行します。
この腱群は膝の屈伸運動に伴って前後に滑走し、膝内側の安定性と動的制御を担っています。
通常、鵞足腱とMCLの間には**鵞足包(pes anserine bursa)が介在し、滑走時の摩擦を軽減しています(C31)。
しかし、何らかの原因で滑走が制限されると、膝内側で「スナップ(弾発)」を生じることがあり、これが鵞足腱スナッピング症候群(snapping syndrome)**です。
鵞足腱の滑走メカニズムと摩擦の発生
鵞足腱は膝屈曲時に後方へ移動し、膝伸展時には前方へ滑走します。
この際、腱とMCLの間に生理的な摩擦が生じますが、滑液包の潤滑作用によって通常は疼痛を伴いません。
しかし以下のような状態では、滑走障害や摩擦抵抗が増大します。
- 鵞足構成筋(特に薄筋・半腱様筋)の過緊張
→ 腱張力が増し、滑走距離が減少。 - 鵞足部腱膜・滑液包の癒着
→ 組織間摩擦が増加。 - 膝外反や下腿外旋によるアライメント不良
→ MCLとの接触角度が変化し、前後滑走が制限される。
これらの因子が重なることで、膝屈伸時に「スナップ」や「クリック音」が出現し、次第に摩擦性疼痛を引き起こします。
鵞足腱スナッピング症候群の病態分類
鵞足腱部の疼痛は、主に次の2つの病態に分類されます。
① 鵞足障害室(pes anserine lesion)
鵞足構成筋群の滑走障害や腱膜癒着が原因で、摩擦・牽引ストレスが発生する病態です。
選択的伸張テストで疼痛が誘発されやすく、**膝関節屈伸時の弾発感(スナップ)**が特徴的です。
圧痛は膝関節内側縁に沿って出現します。
② 鵞足包炎(pes anserine bursitis)
鵞足包に炎症が生じた状態で、滑液包の腫脹・熱感・圧痛を伴います。
エコー上では滑液包内の液体貯留や肥厚が確認されます。
膝屈伸時の「スナップ」は少なく、むしろ持続的な鈍痛・腫脹感が主症状です。
なお、臨床的には「鵞足炎」と診断されるケースの多くが、実際は鵞足障害室(滑走障害)に由来することが多いとされています。
鵞足腱スナッピングの発症メカニズム
鵞足腱スナッピング症候群の根本的要因は、**摩擦(friction)と牽引(traction force)**の相互作用です。
- 摩擦性要因:腱とMCL間での滑走不全、滑液包炎による摩擦抵抗増加
- 牽引性要因:鵞足構成筋(特に薄筋)の過緊張や、膝外反肢位による張力集中
この2つが組み合わさることで、膝屈曲—伸展運動時に腱が跳ね上がるように移動し、スナッピング現象を生じます。
長期化すると、摩擦刺激による炎症性疼痛や滑液包肥厚が進行し、鵞足部の慢性疼痛へ移行します。
臨床での評価ポイント
鵞足腱スナッピング症候群を正確に評価するためには、動的観察と触診の組み合わせが重要です。
- 動的エコー観察
膝屈伸時に鵞足腱が前後へ滑走する様子を確認。
スナップ動作の瞬間にMCLとの接触や跳ね上がりが描出される。 - 選択的伸張テスト
- 薄筋:股関節外転+膝伸展で疼痛誘発
- 半腱様筋:股関節伸展+膝屈曲で疼痛誘発 - 局所圧痛と滑液包腫脹の鑑別
滑液包炎では腫脹が触知され、摩擦音よりも熱感・腫れが優位。 - 歩行・階段動作でのスナップ再現
膝伸展終末や荷重期での弾発現象を観察し、再現性を確認。
治療・介入の方向性
鵞足腱スナッピング症候群の治療は、滑走性の再獲得と牽引ストレスの軽減が目的となります。
① 組織間モビライゼーション
鵞足腱とMCL・腱膜間の層を意識し、摩擦を最小限に抑えながら滑走を再教育。
特に薄筋腱の遠位付着部は癒着しやすく、丁寧な層間リリースが有効。
② 鵞足構成筋のストレッチング
膝伸展+足関節背屈位での動的伸張を実施し、滑走距離を確保。
静的ストレッチよりも動的モビリゼーションが効果的。
③ 下肢アライメントの修正
膝外反位・下腿外旋位の改善を目的に、
- 股関節外旋筋群の強化
- 足部内側アーチサポート(インソール)
を併用することで、腱への牽引ストレスを軽減。
④ 炎症期の対応
滑液包炎を併発している場合は、急性期にアイシング・物理療法を導入し、過度の摩擦刺激を避ける。
まとめ:滑走性の回復がスナッピング解消の鍵
鵞足腱スナッピング症候群は、
- 鵞足構成筋の緊張
- 腱膜癒着
- MCLとの摩擦増大
といった複合要因により発生します。
摩擦と牽引のバランスを整え、腱が滑らかに動く環境を再構築することが、疼痛軽減とスナップ解消の本質です。
単なる「鵞足炎」として処理せず、滑走障害の有無と動的摩擦の程度を評価する視点を持つことが、臨床家に求められます。
