膝窩部の圧痛点を理解する:解剖学的特徴と臨床での触診ポイント
はじめに
膝窩部は、膝関節後面に位置するくぼみで、複数の筋・腱・神経・血管が密集する解剖学的に重要な領域です。
臨床では、膝後面痛やハムストリングス周囲痛の評価で圧痛点を確認する機会が多い部位ですが、構造が複雑なため、正確な触診には解剖学的知識が欠かせません。
本記事では、膝窩部に好発する圧痛点を構造別に整理し、安全かつ効果的な触診・評価のポイントを解説します。
膝窩部中央:腓骨神経の走行に注意
膝窩部の中央を縦走しているのが**総腓骨神経(common peroneal nerve)**です。
この神経は、大腿二頭筋の停止部(腓骨頭付近)を通過した後、浅層を斜めに走行して腓骨外側面に向かいます。
圧痛評価を行う際に、中央部を強く押圧すると神経を刺激して放散痛やしびれを誘発するおそれがあります。
そのため、腓骨神経の走行を避け、やや内側または外側にずらして圧痛を確認することが重要です。
特にスポーツ選手や術後症例では、神経過敏が生じやすいため注意が必要です。
内側ハムストリングスの圧痛点
膝窩部内側には、**半腱様筋(semitendinosus)と半膜様筋(semimembranosus)**が走行しています。
どちらも圧痛を呈しやすい筋群であり、特に次のような特徴が見られます。
- 半腱様筋:筋腱移行部(MTJ)に圧痛を認めることが多い。
屈筋群の遠位端に位置し、ランニングやジャンプでの遠心負荷で損傷しやすい部位。 - 半膜様筋:筋実質部から停止部(脛骨内側面)にかけて広範囲に圧痛を認める傾向。
腱膜的構造が広く、滑走障害や慢性疲労性の圧痛が多い。
これらの筋は、膝屈曲時に触診しやすく、筋腹の硬さや滑走制限を丁寧に確認することが有用です。
外側ハムストリングスの圧痛点
外側では、**大腿二頭筋(biceps femoris)**が膝窩部外側を形成します。
この筋も圧痛の好発部位であり、特に以下の特徴が挙げられます。
- 長頭(long head):筋腱移行部で圧痛が出現しやすい。スポーツ時の過伸展や外旋ストレスで損傷しやすい。
- 短頭(short head):長頭の深層に位置し、筋実質部から停止部(腓骨頭)にかけて広い範囲で圧痛がみられる。
臨床では、長頭と短頭を区別して触診することがポイントです。
長頭は表層で大腿後面から連続し、短頭は深層で外側に位置するため、膝軽度屈曲位で外旋を加えると触知しやすくなります。
腓腹筋と膝窩筋の圧痛点
内・外側ハムストリングスを取り除くと、その深層に**腓腹筋(gastrocnemius)**が確認されます。
腓腹筋は二頭性の筋で、
- 内側頭(medial head):圧痛を呈しやすく、筋腱移行部〜起始部に好発。
- 外側頭(lateral head):スポーツ時の過伸展や跳躍動作で損傷しやすい部位。
さらに、腓腹筋の下層には**膝窩筋(popliteus)**が位置し、これも膝窩部痛の隠れた原因筋です。
膝窩筋は斜めに走行し、膝関節の屈曲および内旋を補助します。
この筋の筋実質部(特に中央〜遠位側)は圧痛の好発部位であり、膝後方の「奥の痛み」として訴えられることが多いです。
臨床での触診ポイント
膝窩部は構造が重層的なため、圧痛点を正確に評価するには層ごとのアプローチが重要です。
- 表層(ハムストリングス):膝軽度屈曲位で、筋腹・腱移行部の圧痛と硬さを確認。
- 中層(腓腹筋):下腿近位での触診。筋腹と起始部の滑走性を比較。
- 深層(膝窩筋):軽度膝屈曲・内旋位で深部に圧をかけ、奥の圧痛を確認。
また、腓骨神経の走行ラインを事前に把握しておくことで、誤って神経圧迫を起こすリスクを減らせます。
まとめ
膝窩部の圧痛点は、ハムストリングス・腓腹筋・膝窩筋など複数の構造が関与する複雑な領域です。
圧痛部位を正確に同定するためには、
- 神経走行を避ける触診
- 各筋の層構造を意識したアプローチ
- 筋腱移行部や滑走部の硬さ評価
が不可欠です。
膝後面痛を訴える症例では、**「どの層のどの線維で痛みが出ているか」**を明確にし、
適切な徒手療法やエクササイズを選択することが、再発防止と機能回復の第一歩となります。
