総理は「日本の社長」であれ。税金に頼らぬ国家経営論
「売上」を作れない無能な経営者たち
日本という国家をひとつの巨大な企業だと仮定してみよう。ならば、総理大臣はその最高経営責任者、すなわち社長であるはずだ。しかし、この国の歴代社長たちは、会社の「売上」を外で稼いでくることを放棄し、従業員である国民から「会費」、つまり税金を搾り取ることばかり考えている。普通の民間企業であれば即座に解任されるような無能な経営が、日本の政治の現場ではまかり通っているといえる。
世界のリーダーは「国家のCEO」として稼いでいる
世界を見渡せば、国家リーダーは皆、したたかな経営者である。アメリカや中東、そしてシンガポールの指導者たちは、国の強大な信用力をテコにしてビジネスを展開し、投資で収益を上げている。「財源は税金だけ」などという固定観念は、彼らには微塵もない。国家資産を運用し、政府系ファンドを通じて利益を生み出し、それを国民に還元する。時には税金を廃止するために投資益を使う国さえある。これこそが、現代におけるグローバルスタンダードな国家運営の姿なのだ。
眠れる資産大国・日本の怠慢
翻って日本はどうか。実は日本は、世界最大の対外純資産を持つ「超・金持ち企業」である。本来なら、この莫大な資産をプロの投資家や経営の専門家に委任し、シンガポール航空のように「政府が株を持ち、経営は民間のプロが行う」という形式で収益化できるポテンシャルがある。ところが、日本の政治屋や財務官僚は、「財源=税金」という古い頭から抜け出せない。過去に利権絡みの官民ファンドで失敗したことを言い訳に、思考停止に陥っているだけだ。宝の持ち腐れとは、まさにこのことである。
「努力不足」なのは国民ではなく政治家だ
石破総理を含め、今の日本のリーダーは「経営者」ではなく、単なる「政治屋」に過ぎない。彼らは国の資産を放置し、自らの経営手腕のなさで国民生活が困窮しても、「税金が払えないのはお前たちの努力が足りないからだ」と切り捨てる。だが、断言しよう。本当に努力が足りないのは誰か。バブル時代の幻想にしがみつき、新たな収益モデルを作ろうとしない彼ら自身ではないか。国民に痛みを強いる前に、まずは自らが「日本の社長」として、世界で稼ぐ気概を見せるべきである。
