「消費税を下げ、法人税を上げろ」が日本を救う
「税金を払うくらいなら使う」という経営心理
景気を良くするために必要なのは、実は「高い法人税」であるといえる。一見矛盾しているように聞こえるが、経営者の心理を突いた確かな理屈がそこにはある。経営者というのは、利益に対して高い税金がかかると分かっていれば、「税金として国に取られるくらいなら、経費として使ってしまおう」と考える生き物だ。決算前に設備投資を行ったり、社員に決算ボーナスを出したりして、なんとか利益を圧縮しようとする。この「節税のための無駄遣い」こそが、回り回って誰かの所得となり、経済の血液を循環させる原動力になるのである。
法人税減税が招いた「国富の流出」
しかし、ここ数十年、日本政府はこの逆を行ってきた。消費税を増税する一方で、法人税と所得税を減税し続けてきたのである。その結果、何が起きたか。法人税率が下がったことで、企業は無理に投資をするよりも、税金を払って手元に利益を残す方が得策だと判断するようになった。そうして積み上がった内部留保や利益は、株主への配当へと消えていく。今や上場企業の株主の多くは海外の機関投資家であるため、日本企業が稼いだ富が配当として海外へ流出しているのが実情だ。消費税増税の穴埋めとして行われた法人税減税は、国内経済を冷え込ませただけの失策だったといえる。
弱者同士の争いと「効率化」という名の暴力
経済が停滞すると、社会にはギスギスした空気が蔓延する。「生活保護費が高すぎる」という批判がその典型だが、これは見るべきポイントが間違っている。生活保護が高いのではなく、国民年金があまりにも安すぎるのだ。本来は「年金を上げろ」と政府に怒るべきところを、弱い者同士で足を引っ張り合わせるよう仕向けられていることに気づくべきだろう。 また、政府が進める「中小企業の淘汰・集約化」も危険な思想である。効率の悪い中小企業を潰し、大企業やチェーン店だけにすれば生産性は上がるかもしれない。しかし、その先に待っているのは、どこへ行っても同じ味のラーメン屋しかなく、同じような本しか並ばない、多様性の死んだ全体主義的な社会である。
「無駄」と「余裕」が社会を豊かにする
効率性だけで世の中を測ってはいけない。街の小さな本屋や、個性的な飲食店が生き残れる社会こそが、文化的で豊かな国といえるのではないか。そのためには、消費税という中小企業いじめの税を廃止し、利益の出ている大企業から適正な法人税を徴収する。そうして得た財源で社会保障を充実させ、企業には投資を促す。この当たり前のサイクルを取り戻すことだけが、私たちの暮らしと、日本の多様な文化を守る唯一の道である。
