意志は強ければいいというものではない──新渡戸稲造『人生読本』に学ぶ、正しい意志の使い方
強い意志=成功、ではない
「意志が強ければ、人生はうまくいく」——多くの人がそう信じています。
確かに、成功者の多くは強い意志を持ち、自分の信じる道を突き進む人たちです。
しかし、新渡戸稲造は『人生読本』でこう警鐘を鳴らしています。
「意志の強い人が、必ずしも成功するとは限らない。」
意志の強さそのものは確かに美徳です。
けれど、そのエネルギーの「向け方」や「コントロール」を誤ると、かえって自分や周囲を傷つけることになる。
強い意志は諸刃の剣なのです。
意志は“エネルギー”である
フランスの哲学者ベルクソンは、「意志は人なり」と言いました。
意志はその人の人格そのものを表すものであり、生きる原動力です。
しかし、新渡戸はそこにもう一歩踏み込んで、「意志はエネルギーのようなものだ」と説きます。
エネルギーが強いほど大きな仕事ができますが、扱いを誤れば破壊をもたらします。
意志も同じ。
強い意志を持ちながら、間違った方向に使えば、それは「暴走」になります。
たとえば、
- 自分の信念を押し通すあまり、人の意見を聞かない
- 成功を追うあまり、倫理や誠実さを失う
- 努力を続けるうちに、目的を見失ってしまう
こうしたケースでは、意志の「力」よりも「方向性」こそが問われるのです。
意志の“方向”を誤ると、人も社会も傷つく
新渡戸は、意志の誤用がもたらす危険性についても明言しています。
「意志の方向を誤ると、人の一生を台無しにし、その害毒を後世にまで残してしまうことになる。」
これは、単なる個人の失敗にとどまりません。
強い意志を持ったリーダーが、誤った信念や価値観に基づいて行動すれば、その影響は社会全体に及びます。
たとえば、歴史を見れば、強い信念を持ちながらも、その方向を誤った指導者が国や人々を不幸に導いた例はいくつもあります。
意志は強さそのものよりも、「正しさ」「倫理」「愛情」と結びついたときに初めて真価を発揮するのです。
強い意志を“正しく使う”ための三原則
では、どうすれば意志の力を正しく活かすことができるのでしょうか。
新渡戸の教えをもとに、現代的にまとめると次の三つの原則に集約できます。
① 目的を常に自問する
意志は、明確な目的を持つときに正しく働きます。
「なぜそれをしたいのか?」を問い続けることが、方向を誤らない第一歩です。
② 他者の声に耳を傾ける
強い意志を持つ人ほど、自分の信念を優先しがちです。
しかし、真に成熟した意志とは、他者の意見や感情を受け止めたうえで、自らの道を選べる力です。
③ 感情を冷静に制御する
意志は情熱と結びついてこそ動きますが、感情に支配されると暴走します。
「冷静さ」は意志を導くハンドルのようなもの。熱と静のバランスが大切です。
強さよりも「しなやかさ」が大切
意志を“強くする”ことは重要ですが、もっと大切なのは“柔らかく保つ”ことです。
柔らかい意志とは、状況に応じて方向を調整できる意志。
それは、強風にも折れない柳のように、しなやかでありながら芯がある状態です。
頑固さと強さは違います。
頑固な意志は変化を拒みますが、強くて柔軟な意志は、変化を受け入れながら前へ進みます。
まとめ:意志の「強さ」より「方向」が人を決める
『人生読本』で新渡戸稲造が伝えたのは、「意志は人の根幹であるが、使い方を誤ると危険だ」という真理です。
- 意志はエネルギーのようなもの
- 強いだけでは足りず、正しい方向が必要
- コントロールされてこそ、真の力となる
意志の力は、人生を動かすエンジンでもあり、暴走する刃にもなります。
だからこそ、日々の中で「なぜそれを望むのか」「誰のための行動なのか」を自問しながら使うことが大切なのです。
最後に
意志の強さは、人間としての魅力の一部にすぎません。
本当に価値ある意志とは、他者を傷つけず、自分と社会を良くする方向に働くものです。
強く、そして優しい意志を持つこと。
それが、新渡戸稲造の語る「人間としての成熟」への道なのではないでしょうか。
