縫工筋の選択的伸張評価法|鵞足部痛の鑑別に役立つストレッチテストの実際
鵞足筋群の選択的評価の重要性
鵞足部(pes anserinus)は、縫工筋・薄筋・半腱様筋の3筋が脛骨内側上部で合流する共同腱構造です。
この3筋は協調的に膝関節の屈曲や下腿内旋を担い、膝内側部の動的安定性を支えています。
しかし、臨床現場では「鵞足炎」と一括りにされる症例の中に、どの筋が主に障害されているかを特定できていないケースが少なくありません。
疼痛の原因筋を明確にするためには、各筋の選択的伸張評価が必要です。
本記事では、鵞足筋群のうち**縫工筋(Sartorius muscle)**に焦点をあて、その伸張評価法と臨床での判断ポイントを解説します(C33)。
縫工筋の解剖学的特徴
縫工筋は人体で最も長い筋であり、前上腸骨棘(ASIS)を起始として、脛骨内側面(鵞足部)に停止します。
その走行は、股関節の前外側から膝内側へと斜めに走行する“帯状の筋”です。
主な作用
- 股関節の屈曲・外転・外旋
- 膝関節の屈曲・内旋
このように、縫工筋は股関節と膝関節をまたぐ二関節筋であり、動作の中では“脚を組む”動作や“和座姿勢”などに強く関与します。
したがって、股関節や膝関節のどちらか一方の動作制限が生じると、縫工筋の柔軟性や滑走性にも影響が現れやすいのです。
縫工筋の選択的伸張テスト(C33)
縫工筋を選択的に伸張して評価するには、他の鵞足筋(薄筋・半腱様筋)の影響を最小限にし、縫工筋の走行方向に対して反対の動作を誘導する必要があります。
▶ テスト肢位
- 股関節を伸展・内転・内旋位に設定
→ これにより、縫工筋の起始方向(屈曲・外転・外旋)と反対方向に誘導。 - その状態で膝関節を伸展
→ 縫工筋全体に伸張ストレスを加える。
このとき、股関節と膝関節の両方を動かすことで、縫工筋全走行にわたる伸張刺激を得ることができます。
▶ 評価ポイント
- 伸張時に股関節前内側部や膝前内側部に疼痛が出現するかを確認。
- 疼痛や張り感が再現された場合、縫工筋由来の滑走障害や短縮を疑う。
- 他筋(薄筋・半腱様筋)由来の場合は、疼痛出現部位がより膝後内側寄りになる。
この違いを捉えることで、どの鵞足筋が主たる疼痛源かを鑑別できます。
縫工筋の短縮と臨床的特徴
縫工筋が短縮すると、以下のような運動パターンや症状が出現します。
| 臨床的特徴 | 説明 |
|---|---|
| 股関節外転・外旋位での姿勢 | 筋の走行に沿って外旋・外転方向へのトルクが強まる |
| 膝内側部の張り・違和感 | 縫工筋停止部での滑走抵抗や摩擦による違和感 |
| 立位・歩行時の膝内側引きつれ感 | 鵞足部前内側に張力集中 |
| 階段昇降・立ち上がり動作での痛み | 股・膝の複合伸展動作時に過伸張ストレス |
このような症例では、股関節の伸展・内旋・内転方向の可動域制限が確認されることが多く、
縫工筋の過緊張や短縮が、膝前内側の慢性痛や鵞足炎の発症リスクにつながります。
縫工筋症候群(Sartorius Syndrome)の病態
縫工筋の慢性的短縮・滑走不全が進行すると、**縫工筋症候群(Sartorius Syndrome)**を呈することがあります。
特徴としては、
- 大腿前内側部の皮下痛
- 股関節前内側から膝内側にかけての放散痛
- 立ち上がりや階段動作での前内側部痛
が挙げられます。
特に縫工筋の浅層は皮膚との結合が強く、皮膚と筋膜の滑走障害を合併しやすい点がこの筋の特徴です。
そのため、単なる筋ストレッチだけでは改善が難しいケースも多く、筋膜間リリースや皮下滑走調整を組み合わせる必要があります。
臨床での評価・治療のヒント
縫工筋に関連した疼痛を評価・治療する際は、以下の3つの視点が重要です。
- 動作連鎖の中での伸張ストレスを観察
→ 歩行・スクワットなどの動作中、どのフェーズで縫工筋が過伸張されているかを確認。 - 皮膚・筋膜レベルの滑走性評価
→ 皮下での抵抗感や滑りの悪さを触診で把握し、表層リリースを実施。 - 股関節・膝関節の協調性再教育
→ 股関節伸展・内転・内旋方向の筋活動を促すエクササイズを導入。
これにより、単なる筋短縮への対応に留まらず、滑走と動作連鎖を含めた治療戦略が可能になります。
まとめ:縫工筋の選択的伸張は鵞足部痛の鑑別に不可欠
縫工筋の選択的伸張評価(股関節伸展・内転・内旋+膝伸展)は、
鵞足部痛の原因を鑑別する上で非常に有用な手技です。
- 伸張時の疼痛再現部位で障害筋を識別
- 短縮傾向では股関節外旋・外転位姿勢が出現
- 慢性化例では皮膚・筋膜滑走障害も合併
これらを包括的に評価することで、縫工筋症候群を正確に見極め、
的確なストレッチング・リリース・動作修正へとつなげることができます。
鵞足部痛に直面した際は、ぜひ縫工筋の選択的評価を取り入れ、
「どの筋が原因か?」を明確にする臨床推論に活かしてみてください。
