膝関節伸展に伴う腓腹筋の緊張と半膜様筋腱の偏位|膝後内側痛を引き起こす摩擦メカニズム
半膜様筋腱炎と腓腹筋の関係 ― 膝伸展時の“摩擦連鎖”
膝後内側部に疼痛を訴える患者の中には、半膜様筋腱障害(Semimembranosus tendinopathy)を有するケースが少なくありません。
これらの症例に共通するのは、膝関節伸展位で痛みが増悪するという特徴です。
この痛みの背景には、腓腹筋(Gastrocnemius muscle)と半膜様筋腱の解剖学的位置関係および、
膝関節運動に伴う両者の滑走性と緊張の変化が深く関与しています(C45)。
解剖学的構造 ― 腓腹筋と半膜様筋腱の位置関係
膝後面を構成する主要な筋腱構造は、内側から以下のように配置されています。
- 半膜様筋腱:膝関節後内側を走行し、POL・内側半月板と連動
- 腓腹筋内側頭:半膜様筋腱の外側やや後方を走行し、大腿骨内側顆に起始
- SGB(半膜様筋‐腓腹筋滑液包):両者の間に介在する緩衝滑液包
この滑液包(SGB)は、膝関節屈伸時における半膜様筋腱と腓腹筋腱の摩擦を防ぐクッションとして機能しています。
しかし、腓腹筋の過緊張や筋力低下が存在すると、この関係バランスが崩れ、滑走障害・摩擦刺激が発生しやすくなります。
屈曲・伸展による緊張変化のダイナミクス
膝関節の屈伸運動に伴い、腓腹筋と半膜様筋腱の距離と張力は常に変化します。
| 膝関節角度 | 腓腹筋の状態 | 半膜様筋腱との関係 |
|---|---|---|
| 屈曲位 | 腓腹筋は弛緩し、半膜様筋腱との距離が広がる | 摩擦少ない(滑走良好) |
| 半伸展位 | 腓腹筋が収縮を始め、張力が増加 | 接触・摩擦が増加 |
| 完全伸展位 | 腓腹筋が強く緊張し、半膜様筋腱と密着 | 摩擦刺激が最大化 |
特に、半伸展位から伸展終末にかけての相互接触が疼痛誘発の主因となります。
このとき、腓腹筋の張力が高いほど半膜様筋腱が外方へ偏位し、摩擦面が増大します。
半伸展位で摩擦刺激が高まる理由
膝関節が半伸展位(屈曲約10〜20°)にあるとき、腓腹筋・半膜様筋腱間に最も強い摩擦力が発生します。
その主な理由は以下の通りです。
- 腓腹筋の緊張増加
→ 大腿四頭筋の活動により、膝前面荷重が高まり、腓腹筋が後方で制動的に働く。 - 半膜様筋腱の外方偏位
→ 伸展に伴って腱が脛骨後面へ引き寄せられ、腓腹筋内側頭と接触。 - 滑液包(SGB)への圧迫
→ 両者の間に存在するSGBが過圧され、摩擦を緩和しきれなくなる。
この条件がそろうと、滑液包内に炎症が生じ、**半膜様筋腱炎または滑液包炎(Baker嚢腫)**へと発展することがあります。
腓腹筋機能低下と半膜様筋腱炎の関連
腓腹筋は、膝屈曲と足関節底屈の二関節筋であり、歩行や蹴り出し動作時に下肢全体の推進力を支えます。
しかし、腓腹筋の筋力低下や筋緊張不均衡があると、
歩行終末期(push-off phase)において腓腹筋内側頭が過度に収縮し、
半膜様筋腱との接触・摩擦が強まります。
これが繰り返されると、半膜様筋腱への負荷が蓄積し、
伸展時痛・膝窩部圧痛を伴う**半膜様筋腱炎(semimembranosus tendinitis)**が発症します。
臨床評価のポイント
① 圧痛点の位置
- 半膜様筋腱炎:膝内側後方〜腓腹筋内側頭との接触部
- 鵞足炎:脛骨内側下部(より前下方)
→ 圧痛部位の位置で病態を鑑別可能。
② 動作誘発痛
- 膝伸展位または荷重伸展動作で疼痛増強
- 屈曲位では疼痛軽減
→ 伸展による摩擦刺激が主因であることを示唆。
③ 筋機能評価
- 腓腹筋の内外頭バランス(内側頭優位緊張に注意)
- 半膜様筋・半腱様筋との滑走性評価
- 屈曲拘縮例では腓腹筋短縮の併存を確認
治療とアプローチの考え方
1. 腓腹筋の過緊張緩和
- ストレッチング(特に内側頭)
- 膝伸展位+足関節背屈での持続伸張
→ 腓腹筋の張力を下げ、半膜様筋腱との摩擦を軽減。
2. 半膜様筋腱の滑走性改善
- 腓腹筋内側頭との層間モビライゼーション
- 滑液包周囲へのソフトタッチ法による滑走促進
→ SGB周囲の摩擦を緩和し、疼痛を軽減。
3. 歩行動作の修正
- push-off期の過伸展抑制
- 股関節伸展筋群(大殿筋・ハムストリング)との協調強化
→ 荷重ラインを前方から正中へ修正し、膝後方ストレスを軽減。
4. 腓腹筋内側頭の評価を重視
屈曲拘縮や膝OA例では、腓腹筋内側頭が肥厚・過緊張している場合が多い。
この筋を単独で評価し、半膜様筋腱との接触角度を動態観察することが重要。
まとめ:膝伸展時の“摩擦連鎖”を断つことが治療の鍵
- 膝伸展に伴い、腓腹筋と半膜様筋腱が接触して摩擦刺激が増大
- 半伸展位で最も摩擦力が高まり、腱炎や滑液包炎を誘発
- 腓腹筋内側頭の過緊張・筋力低下が背景要因
- 治療では、腓腹筋の緊張緩和と半膜様筋腱の滑走性改善が重要
膝後内側痛を「腱炎」として捉えるだけでなく、
腓腹筋と半膜様筋腱の滑走連鎖の破綻として評価することで、
より再現性の高い臨床的アプローチが可能になります。
