半腱様筋の選択的伸張評価|鵞足後内側痛と坐骨神経滑走障害の鑑別ポイント
半腱様筋とは ― 鵞足部を支える“深層の安定筋”
鵞足部(pes anserinus)は、縫工筋・薄筋・半腱様筋の3筋が脛骨内側上部に集束して形成されます。
この中で**半腱様筋(semitendinosus muscle)**は、最も深層に位置し、膝関節後内側の安定性を担う重要な筋です。
基本解剖
- 起始:坐骨結節(hamstring起始部)
- 停止:脛骨内側(鵞足部後方)
- 作用:股関節伸展、膝屈曲・下腿内旋
半腱様筋は半膜様筋や大腿二頭筋長頭とともにハムストリングス群を構成します。
特にその腱部は坐骨神経の内側に隣接して走行しており、神経滑走障害との関連が臨床上のポイントとなります。
半腱様筋の選択的伸張テスト(C35)
半腱様筋の伸張テストは、股関節屈曲位(約60°)から膝関節を伸展していくことで行います。
この姿勢により、ハムストリングス群の中でも半腱様筋に最も効果的な伸張刺激が加わります。
▶ テスト手技
- 被検者を仰臥位にし、股関節を約60°屈曲位に設定。
- その状態から膝関節をゆっくり伸展させる。
- 膝後内側部や下腿内側部に張り感や疼痛が出現するかを確認。
この時、疼痛の出現位置と感覚を詳細に観察することが重要です。
テスト結果の解釈と鑑別ポイント
① 半腱様筋由来の疼痛
- 膝後内側〜脛骨近位内側にかけての線状の痛み
- 伸張刺激で再現され、軽度屈曲で緩和
- 局所的な圧痛点を鵞足部後方に認める
この場合、半腱様筋腱や腱膜の滑走障害・過緊張が疑われます。
② ハムストリングス短縮(tight hamstrings)
股関節を60°以上に屈曲できない、または膝伸展で大腿後面の広範囲な張りが出現する場合、
半腱様筋以外のハムストリングス(特に大腿二頭筋・半膜様筋)が短縮していると考えられます。
ポイント:大腿後面で早期に張りを訴える場合は「ハムストリングスのタイトネス」、
後内側で局所的に疼痛が出る場合は「半腱様筋由来」。
③ 坐骨神経滑走障害の関与
腰椎椎間板ヘルニアや椎間関節症などに伴い、坐骨神経が過敏な状態にあると、
このテストで殿部や大腿後面に放散痛を訴えることがあります。
これは筋由来の張りではなく、神経伸張による誘発痛であり、
痛みの出現部位が「殿部中心」であることが特徴です。
▶ 坐骨神経痛の典型:殿部深部痛+放散痛(しびれを伴う)
▶ 半腱様筋由来の痛み:膝後内側の限局痛(しびれなし)
この区別は、半腱様筋と坐骨神経の滑走関係の評価にも役立ちます。
滑走障害と疼痛発生メカニズム
半腱様筋はその走行上、坐骨神経のすぐ内側を通過します。
したがって、外傷や過使用によって筋腱や腱膜が肥厚すると、
坐骨神経との間で滑走が阻害され、疼痛や放散症状を生じることがあります。
▶ 滑走障害の典型的特徴
- テスト時に膝伸展終末で鋭い痛み
- 触診で半腱様筋腱部に索状抵抗感・滑走不良
- 圧迫刺激で局所痛または放散痛が再現
このようなケースでは、筋—神経間リリースや滑走モビライゼーションが有効です。
臨床での評価フロー
半腱様筋の伸張評価を実施する際は、以下のフローで鑑別を行うと精度が高まります。
- 股関節屈曲60°で膝伸展 → 張り出現部位を確認
→ 大腿後面なら他のハム短縮、膝後内側なら半腱様筋。 - 殿部放散痛の有無を確認
→ 殿部〜下腿に広がる場合は坐骨神経の関与を疑う。 - 圧痛点の同定
→ 鵞足後内側(半腱様筋停止部)に限局した圧痛なら腱性障害。
これにより、筋性・神経性・滑走性のいずれの要因が疼痛に関与しているかを明確化できます。
半腱様筋と他筋・神経の関連疾患
半腱様筋腱症自体は比較的まれですが、
鵞足炎や坐骨部痛を伴うケースでしばしば併発します。
- 鵞足炎との関連:膝内側後方の滑走制限が前内側痛を助長。
- 坐骨部痛との関連:坐骨神経との癒着により神経滑走制限を引き起こす。
- ハムストリングス腱炎との鑑別:痛みの位置がより内側・遠位である点が特徴。
これらの併発を見落とさないためにも、半腱様筋の選択的評価は欠かせません。
治療・介入のポイント
半腱様筋の伸張制限や滑走障害に対しては、次のような介入が効果的です。
- 半腱様筋腱部の層間モビライゼーション
→ 半膜様筋・MCLとの間の癒着を軽度に剪断刺激でリリース。 - 坐骨神経滑走法(nerve gliding)
→ 股関節屈曲+膝伸展+足関節背屈を動的に反復し、神経滑走を回復。 - 動的ストレッチ+姿勢修正
→ 骨盤後傾・股関節伸展制限を改善し、半腱様筋への過負荷を減少。
まとめ:半腱様筋は“神経と筋”の境界にある評価ポイント
半腱様筋は鵞足部の深層に位置し、膝安定化と神経滑走の両面に関与する特殊な筋です。
- 股関節屈曲60°+膝伸展での伸張テストが最も有効
- 大腿後面痛:ハム短縮
- 膝後内側痛:半腱様筋
- 殿部放散痛:坐骨神経痛
この鑑別を明確に行うことで、鵞足部痛・ハム短縮・神経痛を見分ける精度が格段に向上します。
臨床では、単なる筋柔軟性の評価ではなく、滑走・神経・動作連鎖の視点からこのテストを活用することが重要です。
