私たちは日々、情報や価値観の波にさらされながら生きています。SNSの流行、周囲の意見、常識とされるもの──そうしたものに振り回されて、心が落ち着かなくなることは誰にでもあるでしょう。古代ローマの哲学者セネカは、このような心の揺らぎに対して明確な答えを残しています。
セネカの著作『倫理書簡集』には次のような一節があります。
「揺るぎない不動の判断を身につけた者だけが、心の平静を得ることができる。その域に達しない者は、何を決めるにしても絶えず揺らぎ、ぐらつき、物事を受け入れたかと思えば拒絶する、その繰り返しだ。」
セネカが語る「心の平静」とは、単にリラックスした気分やストレスのない状態を指すのではありません。彼はこの状態をギリシャ語の「エウティミア(euthymia)」という言葉で表現しました。それは「自分を信じ、正しい道を歩んでいると確信すること。そして、迷いの中であちこちさまようのではなく、自分の軌道を歩み続けること」と定義されています。
1. 心を乱す最大の要因は「他人の基準」
セネカは、心が落ち着かない理由のひとつを「世間の常識や他人の価値観に頼っているからだ」と指摘します。たしかに、正解がわからないときほど周囲の声に流されやすくなります。すると、一度は納得した選択を後から疑い始め、また新しい情報に振り回されてしまう。これではいつまでたっても心の平静は得られません。
2. 「だいたい正しい方向」で十分
セネカは決して「100%の自信を持て」とは言っていません。むしろ、そんなことは不可能だと認めています。重要なのは、完璧を求めるのではなく「自分はだいたい正しい方向に進んでいる」と確信できることです。大切なのは軸をもつことであって、他人と比べたり、情報のたびに態度を変えることではありません。
3. 自分の道を歩む勇気
エウティミアを実践するには、「自分で定めた道を貫く」という姿勢が必要です。もちろん、人生の途中で軌道修正をすることもあるでしょう。しかし、それは外部の声に盲目的に従うこととは違います。主体的な判断で方向を選び、歩みを続けることが肝心です。
ギリシャ神話に登場する海の魔女セイレーンは、美しい歌声で船乗りを惑わせ、岩に誘い込んで難破させました。私たちの人生にも、セイレーンの歌声のように魅力的に聞こえる誘惑や世間の雑音が満ちています。それに耳を傾けすぎると、結局は自分の船を壊してしまうのです。
4. 現代に活かすセネカの知恵
現代社会は古代ローマ以上に「選択肢の多さ」と「情報の速さ」に翻弄されます。だからこそ、セネカの教えは今なお力強い意味をもちます。
- SNSのトレンドや他人の成功体験に振り回されない
- 「これが自分の道だ」と思える選択を大切にする
- 完璧を求めず「おおむね正しい」と思える方向に進む
これらを意識することで、揺るぎない心の平静に近づくことができるでしょう。
まとめ
セネカが説いた「エウティミア」とは、他人の基準に惑わされず、自分が選んだ道を信じて歩み続けることです。その姿勢こそが、心の平静と安らぎをもたらします。人生に迷いが生じたときは、ぜひセネカの言葉を思い出し、「自分の道」を見直してみてはいかがでしょうか。