肩甲上神経絞扼症候群とは?
肩甲上神経絞扼症候群(Suprascapular nerve entrapment)は、肩の深部に鈍い痛みや筋力低下をもたらす疾患で、肩痛の原因の1〜2%を占めるとされます。かつては「除外診断」と考えられていましたが、近年はMRIや神経伝導検査の進歩により、独立した診断名として認知されています。
この疾患は特に、バレーボール・テニス・野球などオーバーヘッド動作を伴うスポーツ選手や、反復的に肩を使う労働者(ダンサー、カメラマン、大工など)に多く見られます。また、一般集団ではガングリオンやパララブラル嚢胞など「占拠性病変」が原因となることが多いです。
神経解剖と絞扼部位
肩甲上神経は腕神経叢上幹(C5–C6、時にC4)から分岐し、肩甲切痕を通過して棘上筋に枝を出し、さらに肩甲棘を回って棘下筋へと向かいます。
- 肩甲切痕での絞扼:棘上筋・棘下筋の両方が障害される
- 肩甲棘下切痕(スピノグレノイド切痕)での絞扼:棘下筋のみ障害される
特にアスリートでは、スピノグレノイド切痕部での絞扼が多く、外旋筋である棘下筋の萎縮が特徴的です。
発症メカニズム
発症要因は大きく分けて「圧迫」と「牽引」に分類されます。
- 圧迫性要因
- 横肩甲靱帯の肥厚や骨化
- パララブラル嚢胞や腫瘍などの占拠性病変
- スポーツ動作に伴う靱帯の張力(特にフォロースルー動作)
- 牽引性要因
- 大きく後退した腱板断裂
- 反復する過外旋・水平内転による神経ストレス
長期間の絞扼は、神経障害が不可逆的になるリスクを高めるため、早期の評価が重要です。
臨床症状
典型的には以下のような訴えが見られます。
- 鈍い肩後方の痛み(しばしば夜間痛も)
- オーバーヘッド動作時の痛みや疲労感
- 棘下筋(まれに棘上筋)の萎縮
- 外旋筋力の低下(ただし三角筋や小円筋が代償するため軽度のことも多い)
スポーツ選手では無症状でも棘下筋萎縮が認められる場合があり、競技歴やレベルと相関すると報告されています。
診断
診断の鍵は「臨床的な疑い」です。肩甲上神経絞扼は見逃されやすく、診断までに数か月かかることもあります。
- 身体所見:棘下筋の萎縮、外旋筋力低下、肩甲切痕やスピノグレノイド切痕の圧痛
- 画像診断:
- MRI:嚢胞や腱板断裂の評価、筋萎縮・脂肪浸潤の確認
- CT:肩甲切痕の形態評価、靱帯石灰化の確認
- USG:嚢胞の描出、神経走行の観察
- 電気生理検査(EMG, NCV):部位診断に有用だが、早期では偽陰性もあり注意
治療方針
治療は原因・重症度・発症期間に応じて個別化されます。
- 保存療法(特に動的圧迫が原因のアスリート例に有効)
- 活動制限・動作修正
- 鎮痛薬
- リハビリ(可動域維持、肩甲帯安定化、姿勢改善)
- 画像ガイド下ブロック注射による診断的治療
- 手術療法
- 占拠性病変がある場合は第一選択
- 横肩甲靱帯の切離(オープンまたは関節鏡)
- 腱板修復と同時に神経減圧を行うケースもあり
- パララブラル嚢胞例では嚢胞摘出とラブラル修復が推奨される
手術後は疼痛改善が80〜96%に見られますが、筋萎縮の回復は症例によって不十分なことがあります。
まとめ
肩甲上神経絞扼症候群は稀ながら、肩痛や機能低下の原因となり得る疾患です。特にオーバーヘッドアスリートや反復動作に従事する労働者では注意が必要です。
理学療法士としては、棘下筋の萎縮や外旋筋力の低下を見逃さず、必要に応じて整形外科医へ連携することが重要です。