TKAにおける伸展・屈曲ギャップの理解|ギャップ不均衡が術後可動域に及ぼす影響
TKAにおける伸展・屈曲ギャップの理解
ギャップ不均衡が術後可動域に及ぼす影響を知る
人工膝関節置換術(Total Knee Arthroplasty:TKA)の成否を左右する要素の一つが、伸展ギャップ(extension gap)と屈曲ギャップ(flexion gap)のバランスです。
このギャップバランスは術後の膝可動域、安定性、そして歩行機能に直結します。
リハビリを担当する理学療法士にとっても、ギャップ不均衡の背景を理解して可動域制限を読み解くことは極めて重要です。
1. 伸展・屈曲ギャップとは?
TKAにおいて「ギャップ」とは、骨切り後の大腿骨と脛骨の間に生じるスペースを指します。
この隙間に最終的にインプラントとポリエチレンインサートが設置されます。
- 伸展ギャップ(Extension Gap):膝を完全伸展した状態での大腿骨遠位面と脛骨近位面の間隔
- 屈曲ギャップ(Flexion Gap):膝を90°屈曲した状態での大腿骨後顆と脛骨近位面の間隔
理想的には、伸展ギャップと屈曲ギャップの距離が等しく、骨切り面が平行であることが求められます。
これにより、膝関節全可動域における安定した動作が可能となります。
2. ギャップバランスが崩れるとどうなるか?
変形性膝関節症(膝OA)の患者では、長期間にわたる内外反変形や軟部組織の拘縮・弛緩により、術前からギャップバランスが大きく崩れています。
術中に正確な調整を行っても、完全な均等化が難しいケースもあります。
ギャップの不均衡は、術後の可動域制限や疼痛の原因となり得ます。以下に代表的なパターンを示します。
(1) 伸展ギャップ < 屈曲ギャップ
(=伸展ギャップが狭い)
- 膝伸展時に軟部組織がタイトになり、伸展制限(伸びきらない膝)を生じやすい
- 歩行時の立脚初期で膝が完全伸展しない(flexion contracture)
- 結果として、大腿四頭筋やハムストリングスに過剰な緊張が残る
- 疼痛や代償動作(骨盤後傾・股関節屈曲位)を助長
👉 臨床でのサイン:
仰臥位での膝伸展時に軽度の屈曲残存、歩行で「膝が抜けない」「伸び切らない」訴えが見られる。
(2) 屈曲ギャップ < 伸展ギャップ
(=屈曲ギャップが狭い)
- 膝屈曲終末域での組織タイトネスにより、屈曲制限が残る
- 深屈曲動作(しゃがみ・階段昇降)で痛みや可動域制限が顕著
- 大腿後面組織や関節包の線維化、posterior condylar offsetの不足などが関与
👉 臨床でのサイン:
リハビリで屈曲角度が120°以上に伸び悩む、膝裏に張り感・抵抗感が強い。
3. ギャップ不均衡の原因因子
ギャップの不均衡は、以下の複合的要因で生じます。
- 術前因子:内反/外反変形、拘縮、筋緊張のアンバランス
- 術中因子:骨切り量の誤差、靭帯バランスの不均等、posterior condylar offsetの減少
- 術後因子:腫脹、疼痛による防御性収縮、早期運動制限による組織短縮
理学療法士はこれらの因子を整理し、“どのギャップ方向がタイトになっているか”を推定することで、より効果的な可動域訓練を選択できます。
4. リハビリテーションにおける臨床的視点
ギャップ不均衡がある場合、単にストレッチや他動運動でROMを拡げようとするだけでは改善しにくいケースがあります。
リハビリでは以下の3点を意識すると良いでしょう。
① 可動域制限の方向を明確化する
伸展制限なのか、屈曲制限なのかをまず明確にします。
伸展制限が主であればハムストリングス・後関節包の緊張緩和を優先し、
屈曲制限が主であれば大腿四頭筋や前関節包の滑走改善を重視します。
② 大腿四頭筋とハムストリングスの活動バランスを調整
伸展ギャップが狭い場合は大腿四頭筋の過緊張を抑え、
屈曲ギャップが狭い場合はハムストリングスの柔軟性を回復させるなど、拮抗筋の協調性を整えることが重要です。
③ 姿勢・荷重位での安定性再教育
ギャップ不均衡は立位バランスや荷重軌跡にも影響するため、
**荷重下での膝伸展・屈曲制御訓練(mini-squat・壁立ちなど)**を併用します。
まとめ:ギャップバランスを“動作の裏側”から読み取る
TKA後の伸展・屈曲ギャップは、単なる術中の技術的指標ではなく、術後の膝機能を決定づける構造的基盤です。
理学療法士がこの概念を理解することで、
「なぜこの患者の膝は伸びにくいのか?」「なぜ屈曲が頭打ちになるのか?」といった疑問を、
構造的・力学的に説明しながら介入戦略を立てられるようになります。
