はじめに
肩肘痛を主訴に来院する野球選手の中には、腕神経叢の牽引刺激によって症状が誘発されている症例が少なくありません。こうした症例に対しては、腕神経叢への過剰な牽引刺激を軽減することで症状が改善するケースが多く報告されています。本稿では、牽引型TOS(胸郭出口症候群)に対する理学療法介入について整理します。
牽引型TOSの特徴
牽引症状を呈する症例では、以下の姿勢・運動機能異常がしばしば認められます。
- 肩甲骨:下方回旋・外転・前傾位
- 頭部:前方偏位
- 頸椎:前弯減少
- 胸椎:過後弯
加えて、僧帽筋中部・下部繊維の筋出力低下による肩甲帯機能不全、小胸筋・肩甲挙筋・菱形筋・前鋸筋上部繊維などの筋スパズムを高率に認め、不良姿勢が長期的に固定されていることが多いです。
運動療法の目的
腕神経叢の牽引症状に対する理学療法は、以下の3点を目的とします。
- スパズム改善:斜角筋を中心とした頸部周囲筋や小胸筋など過緊張筋の改善。
- 関節拘縮改善:長期の不良姿勢に伴う肩鎖関節・胸鎖関節の可動性改善。
- 肩甲帯機能改善:僧帽筋中部・下部繊維の機能を高め、肩甲骨上方回旋・内転・後傾、胸椎伸展位の保持を獲得。
具体的アプローチ
1. 筋スパズムへの介入
スパズムを呈する筋とその支配神経にアプローチします。特に筋枝の分岐部や神経貫通部をターゲットとすると効率的です。超音波エコーを併用すれば、神経と周囲組織の可動性改善を確認しながら安全に施術できます。
2. 関節拘縮への介入
長期の不良姿勢で拘縮した関節に対し、以下のストレッチを実施します。
- 前胸鎖靭帯ストレッチ:胸骨を固定し、鎖骨を下制させながら伸展方向へ誘導。
- 肋鎖靭帯ストレッチ:鎖骨を軽度挙上しながら伸展方向へ誘導。
- 肩鎖靭帯ストレッチ:鎖骨を固定し、肩峰を後方に滑らせ肩甲骨を内転させることで伸張。
3. 僧帽筋中部・下部繊維の強化
- 僧帽筋中部繊維:肩関節90〜100°外転位から肩甲骨内転・上方回旋を誘導。
- 僧帽筋下部繊維:ゼロポジションから肩甲骨内転・上方回旋・下制を誘導。
これらの収縮練習によって、肩甲骨の安定性と胸椎伸展位の保持を促進します。
注意点
運動療法の進行に伴い、肩甲骨を良肢位(上方回旋・内転・後傾)へ導くと腕神経叢は弛緩し、症状が軽快することが多いです。ただし、神経感受性が亢進している症例では、肩甲骨運動自体が過刺激となり、関節操作が困難になる場合があります。その際は、サポーターなどで良肢位を保持し、まず疼痛閾値を改善したうえで段階的に運動療法を進めることが有効です。
まとめ
- 牽引型TOSでは姿勢異常と筋スパズムが複合的に関与する。
- 介入は「筋スパズム改善」「関節拘縮改善」「肩甲帯機能改善」の3本柱で進める。
- 神経感受性が高い症例では、段階的アプローチと良肢位保持が重要。
臨床では、選手の競技特性や既往歴を踏まえた個別化プログラムが求められます。