政治・経済

経済政策という名の「凶器」:増税が奪った10万人の命

taka

病み上がりの経済への「重労働」

1997年、橋本龍太郎政権下での消費税増税。これが日本経済にとって致命的な分岐点だったことは、歴史が証明している。 竹下政権時の導入は、バブル景気へ向かう上昇気流がクッションとなったが、橋本政権時は全く状況が異なっていた。バブル崩壊の傷が癒えかけ、ようやく経済が息を吹き返そうとしていた、その矢先の出来事だったからだ。 これは例えるなら、大病から回復しかけた病み上がりの人間に、養生させるどころか過酷な重労働を強いるような蛮行に等しい。その結果、景気は底割れし、GDPは縮小。日本は長く暗いデフレのトンネルへと突き落とされたのである。

統計が語る「静かなる大量死」

経済の失速は、単なる数字の変動では済まない。それは直接的に、人の命を奪う凶器となる。 統計は残酷な事実を突きつけている。消費税が5%に引き上げられた1997年を境に、それまで年間2万人台だった日本の自殺者数は、一気に3万人台へと跳ね上がった。そして、その異常な数値はその後10年以上にわたって高止まりを続けたのだ。 政策の失敗が招いた不況によって、推計で10万人以上もの尊い命が、経済的苦境の中で絶たれてしまったといえる。これは政府による「見殺し」であり、静かなる棄民政策だったと言わざるを得ない。

巧妙に仕掛けられた「罠」

さらに2004年、財務省は次なる手を打つ。消費税の免税点を売上3000万円から1000万円へと大幅に引き下げ、簡易課税の適用範囲も一気に縮小したのだ。 これは中小企業にとって、以前から仕掛けられていた「罠」が作動した瞬間だった。それまで免税事業者だった多くの零細企業が、突如として課税事業者へと引きずり込まれたからだ。 長年、「消費税分は負けてよ」という取引先の要求に応じ、価格転嫁をしてこなかった弱い立場の事業者たちは、今さら値上げ交渉などできるはずもない。結果、自らの利益を削り、身を粉にして税を納める「自腹営業」を強いられることになった。

シナリオ通りの結末

導入当初は「益税」という名の飴を配り、反対の声を抑え込む。そして制度が定着し、逃げ場がなくなったタイミングで網を絞り、骨の髄まで負担を求める。 財務省が長年かけて描いたシナリオ通りに、中小企業は追い詰められていったといえるだろう。経済政策の失敗は、ただのミスではない。それは国民の生活を破壊し、時に人の命さえも奪う。過去のデータが語るこの重い教訓を、我々は決して忘れてはならない。

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ABOUT ME
TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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