『トリプル安の真実と日本経済のゆらぎ』
トリプル安に揺れる市場
21兆円規模の補正予算が示された直後、円安・国債下落・株安のいわゆる“トリプル安”が広がり、経済不安の声が一気に増した。だが、この現象を政権の失策と結びつけて語る風潮は、実態から大きく離れているといえる。株式市場の動き、債券市場の構造、為替の力学は、それぞれ異なる要因に左右されており、単純な因果関係では説明できないからである。
日経平均が示す“実感なき株価”
まず株安について語られるが、多くが指標として見る日経平均は225銘柄で構成され、国内上場企業およそ4000社のごく一部にすぎない。しかも、直近の上昇局面はわずか数社のAI・半導体関連銘柄が押し上げた結果であり、日本経済全体の強さを示すものではない。
海外でも同様に、米国の株価を支えたのは「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる巨大IT企業群であり、広範な市場が好調だったわけではない。つまり日経平均の下落は、高市政権の影響以前に、米国の半導体株の動きに引きずられた部分が大きいといえる。
投資家の実感もそれを示しており、優待銘柄や生活関連株が必ずしも日経平均と連動しない現象が続いている。
債券市場と金利の“正常化”
次に国債下落、すなわち債券価格の低下と金利上昇である。日銀が長く続けたイールドカーブコントロールを終了し、市場に金利決定の自由度を戻した結果、金利が適正水準に向かって動いていると考えるのが自然だ。
現在の10年国債金利は1.8%台。確かに15年ぶりの水準だが、米国の金利は4%前後で推移している。もし金利の高さが財政破綻を示すのであれば、米国の方が深刻ということになってしまう。
金利上昇の背後にあるのは、インフレ進行、企業収益の回復、日銀の利上げ観測といった、むしろ経済が動き始めたサインといえる。
円安に潜む構造的変化
為替については、確かに違和感のある動きが出ている。日米の金利差が縮小し始めているにもかかわらず、円高方向に進まない点は、従来の相関から外れつつある。
その背景には、日本企業が海外投資で得た収益を国内に戻さず、再び海外へ再投資している実態がある。日本国内に成長余力を見いだせないまま、資金が外へ流れ続けており、円需要が生まれない構造が強まっている。
個人もまた同様に、海外株式や外貨建て資産を積み上げ、消費行動においてもデジタルサービスを通じて海外企業へ支出している。生活のすみずみまで外貨決済が染み込み、円の購買力を押し下げている。
対照的に、円を買ってくれる数少ない要素はインバウンド需要であるが、為替介入で円が過度に高くなればその効果も弱まる。政府・日銀の判断が揺れる理由は、この複雑なバランスにある。
日銀の“匂わせ”と市場の読み
利上げの可能性が高まる中、上田総裁の発言が市場の敏感な反応を引き起こしている。中央銀行は直接的な表明を避けつつ、市場にヒントを与える「対話」を重視する。
上田総裁が「GDPマイナスは一時的」とし、「企業の賃上げスタンスを積極的に調査している」と述べたことは、12月利上げへの強い示唆として受け止められた。市場では利上げ予測が急上昇し、株価・為替が即座に反応した。この微妙な“日銀文学”の読み解きこそ、相場を大きく動かしてしまう要因となる。
一方で誤解を避けるための表現もあり、「アクセルをうまく緩める」という表現は、単発ではなく段階的な引き締めを意図する可能性さえ感じさせる。
経済政策に求められる姿勢
結局のところ、政府が最も注意すべきは、相場の一時的な数字ではなく、国内の実体経済そのものである。
物価高で生活が苦しいのであれば、世帯負担の軽減や税制の見直しが必要であり、為替や株価の揺れに振り回されるべきではない。市場の声は時に拡大解釈され、政治批判の材料に利用されるが、数字そのものは毎日変動する。
冷静に、地に足をつけて政策を進めることこそ、今の日本に求められている姿勢といえる。
