法律で禁止された「財政ファイナンス」の正体
タブー視される「禁じ手」の現実
財政法第5条。この法律は、政府が発行する国債を日本銀行が直接引き受けること、いわゆる「財政ファイナンス」を禁じている。多くの国でタブー視され、悪手とされる行為だ。しかし、現実の資金循環を冷徹に見つめれば、ある一つの真実にたどり着く。それは、現代の経済システムそのものが、本質的にはこの財政ファイナンスなしには成立し得ないということである。法律上の禁止事項と、経済の実態。この間には大きな乖離が存在しているのだ。
国債を買い支えているのは誰か
そもそも、新たに発行される国債を購入できるのは「日銀当座預金」という、日銀だけが供給できる特別な通貨に限られている。民間銀行が国債を買う資金は、銀行が市場で稼いだ利益ではない。日銀がキーボード入力一つで供給したデータ上のマネーなのだ。さらに日銀は、市場から国債を買い取る「買いオペ」を恒常的に行い、事実上、国債の半数以上を保有している。入り口が民間銀行経由であっても、最終的な資金の出し手は日銀だ。形式はどうあれ、政府の財政を日銀が通貨発行で支えている事実に変わりはない。
「建前」が招いた経済の停滞
ではなぜ、法律はこれを禁じているのか。それは「政府が好き勝手に通貨を乱発すれば、通貨の信認が失われハイパーインフレになる」という懸念、すなわち規律を保つための「建前」が必要だったからだ。中央銀行の独立性を演出することは、ある種の知恵だったといえる。しかし、この建前を過剰に信じ込み、「財政規律」という名目で必要な投資まで削り続けた結果、日本経済はどうなったか。30年にわたる衰退と国民の貧困化。それが、規律を守りすぎた代償である。
思考停止からの脱却
過ぎたるは及ばざるが如し。規律を守るあまり、国そのものを滅ぼしては本末転倒といえるだろう。現代の管理通貨制度において、政府と中央銀行が協調して通貨を発行し、経済を回すのは必然のメカニズムである。我々に必要なのは、「法律で禁止されているから悪だ」という表面的な議論で思考停止することではない。「建前」の裏にある「本音」と仕組みを正しく理解し、国を成長させるために堂々と財政を使う賢明さを取り戻すことなのである。
