借金は悪ではない。政府の負債と経済成長の「不都合な真実」
負債と資産の「表裏一体」な関係
「負債」と聞けば、多くの人は借金地獄や破綻への恐怖を連想するだろう。政府の負債が増え続ける現状を憂い、「借金は悪であり、減らすべきだ」と考えるのも無理はない。だが、その直感はマクロ経済において致命的な誤解である。実は、負債とは資産と対をなす「表裏一体」の存在であり、資本主義経済を回すエンジンそのものといえる。今回は、経済を俯瞰する視点から、お金と負債の正体について語ろう。
現代の錬金術「信用創造」の正体
まず大前提として、現代のお金はデータ上の数字に過ぎず、銀行がキーボードを叩くことで「無」から生み出されている。だが、無責任に数字を増やせるわけではない。そこには必ず「返済する責任」、すなわち「負債」が伴う。
例えば、誰かが銀行からお金を借りる時、借り手は「負債」を背負うが、同時に同額の預金という「資産」を手にする。銀行側もまた、貸付金という資産を得る。つまり、誰かの負債は誰かの資産であり、両者は必ずセットで発生し、完済すれば同時に消滅する。これを複式簿記の視点で見れば、負債なくして現代のお金(資産)は存在し得ないのだ。
二層構造で巡るお金の循環
この仕組みは、国家レベルでも同様である。日本のお金には二つの階層がある。一つは、政府と日銀、金融機関の間だけで巡る「ベースマネー」。これは政府が国債という負債を発行し、日銀がそれを引き受けることで生まれる「通貨の土台」だ。もう一つは、我々が使う「マネーストック」。これは企業や個人が銀行から借金をし、投資や消費を行うことで生まれる「市場のお金」である。
どちらも「需要」があり、「負債」が発生して初めてお金が生まれるというフラクタル構造になっている。つまり、経済成長には健全な負債の拡大が不可欠なのだ。
緊縮財政という名の「経済への背信」
この循環構造を整理しよう。まず政府が国債(負債)を発行してベースマネーを供給する。それを呼び水に民間が借金をして事業を行い、市場にお金が回る。国民が豊かになりGDPが高まれば、それが国家の資産となり、次の国債発行の裏付けとなる。
したがって、財務省が主導する「緊縮財政」、つまり政府の負債を敵視し減らそうとする行為は、市場から資産を奪い、経済の血液循環を止めることに他ならない。それは国家の成長を阻害する、ある種の背信行為とさえいえるだろう。政府は家計とは違う。日本を発展させるためにこそ、堂々と負債を背負い、未来への投資を行うべきなのだ。このメカニズムを正しく理解し、我々は賢明な政策を求めていく必要がある。
