『「利上げ」という過ち。円安とインフレの真実を読み解く』
財政破綻論と金利の誤解
日本経済について語られるとき、決まって顔を出すのが「日本は財政破綻する」という亡霊のような議論である。彼らは国債の債務不履行を危惧し、「金利が急騰すれば終わりだ」と主張する。 しかし、冷静に事実を見つめれば、その懸念が杞憂であることは明白だ。自国通貨建ての国債を発行している以上、中央銀行である日本銀行が買い支えれば済む話である。実際、昨年2月まで行われていたイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)が証明しているように、金利を制御する手段は既に存在し、機能していたのだ。
論理的に反論されると、次は「円安による物価上昇が止まらなくなる」という論点にすり替わる。だが、ここでも冷静さを欠いてはいけない。為替レートの管理は財務省の管轄であり、日銀の主たる責務とは異なる。何より重要なのは、現在の物価上昇の原因を正しく見極めることだ。
データが語るインフレの正体
「今の物価高は円安のせいだ」という声は大きい。しかし、データを紐解けば、その認識が過去のものであることに気づく。 確かに、2021年から2022年にかけての物価上昇は、輸入物価の高騰によるものが大きかった。そのうちの約4割は円安の影響であったことも事実だ。 だが、2023年以降のデータを見てほしい。輸入物価指数は横ばいで推移しており、これ以上のインフレ要因にはなっていない。つまり、現在進行形で起きている物価上昇の主犯は、もはや「輸入コスト」でも「円安」でもないということだ。
それにもかかわらず、メディアは相変わらず「円安だから日銀は利上げすべきだ」という論調を繰り返す。事実という土台を無視し、イメージだけで金融政策を語る危うさが、そこにはある。
歪められる総裁発言とメディアの罪
報道のあり方も、この誤解を助長している。 例えば、日銀の植田総裁の発言だ。総裁は「為替の影響でインフレ期待が押し上げられるような事態になれば、政策調整もあり得る」と、極めて慎重かつ条件付きの発言をしている。あくまで「可能性」の話であり、現状を断定したものではない。 しかし、これがニュースの見出しになると「円安で政策調整必要」「利上げ示唆」という言葉に変換される。微妙なニュアンスが削ぎ落とされ、利上げがあたかも既定路線であるかのような空気が醸成されていく。
私たちは、こうした扇動的な見出しに踊らされることなく、一次情報や事実に立ち返る姿勢を持たなければならない。なぜなら、診断を間違えれば、処方箋も間違えるからだ。
サプライロス型インフレへの処方箋
では、現在のインフレの真因は何なのか。それは「サプライロス型インフレ」である。 人手不足や生産設備の老朽化などにより、国内の供給能力が需要に追いついていない。これが物価を押し上げている主な要因だ。その証拠に、輸入物価が主因であれば上昇しないはずの「GDPデフレータ」がプラスを維持している。これは国内要因によるインフレであることを如実に示している。
供給力が不足しているとき、本来やるべきことは何か。それは「投資」によって供給能力を底上げすることだ。設備を更新し、生産性を高めるための投資こそが必要とされる。 それなのに、いま「利上げ」を行えばどうなるか。金利が上がれば、企業は借入を躊躇し、投資意欲は削がれる。供給不足を解消するための投資を、金融政策で阻害してしまうことになるのだ。
つまり、現在の局面での利上げは、インフレ対策として機能しないばかりか、経済の首を絞める逆効果になりかねない。 感情や雰囲気ではなく、事実に基づいた議論を。それが、今の日本に最も必要なことであるといえる。
