政治・経済

郵政民営化の正体。国民が失った「350兆円」の行方

taka

明治から続く「ユニバーサルサービス」の功罪

明治4年、国営事業として産声を上げた日本の郵便。全国津々浦々、どんな僻地にもポストを置き、貯金や保険の窓口を設ける。この徹底した「ユニバーサルサービス」こそが、日本の発展を支えた血管であった。

しかし、その成功は巨大な「怪物」を生み出すことになる。2000年代初頭、郵便貯金の残高は200兆円を超えていた。当時の民間最大手銀行ですら80兆円程度であることを踏まえれば、異常な規模である。政府に守られ、税制も優遇されるこの巨人は、民間企業からすれば不公平極まりない存在だったといえる。一方で、肝心の郵便配達部門は赤字を垂れ流していたこともまた、紛れもない事実であった。

「官から民へ」という熱狂の裏側

そこで登場したのが、小泉政権による「郵政民営化」という劇薬である。 「民間でできることは民間で」。この耳触りの良いスローガンに国民は熱狂し、反対派を「抵抗勢力」として排除する劇場型選挙に酔いしれた。だが、冷静に振り返る必要がある。あの時叫ばれた「民」とは、一体誰を指していたのか。

アメリカからの「年次改革要望書」には、日本の簡易保険制度を廃止し、市場を開放せよとの要求が明確に記されていた。つまり、郵政と簡保が持つ350兆円もの巨大資産を、グローバル市場へ流し込むこと。それこそが、あの改革の隠されたシナリオだったのではないか。

インフラは不採算であって然るべき

そもそも、地方の毛細血管まで網羅する物流網が、単体で黒字になるはずがないのだ。 JAが金融部門の利益で農業を支えるように、郵政もまた、金融の利益で不採算の物流インフラを支える構造こそが、国家としての最適解だったのである。その循環を「市場の歪み」と断じ、解体させた先に待っていたのは何か。

サービスの低下、郵便料金の値上げ、そして外資系保険会社の台頭である。我々は熱狂の中で、虎の子のインフラを自ら差し出してしまったのかもしれない。 「改革」という美名の下で行われる破壊に気づき、その裏にある意図を見抜くこと。今の日本に必要なのは、そうした冷徹な視点に他ならないのである。

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ABOUT ME
TAKA
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理学療法士/ビール
理学療法士として臨床に携わりながら、リハビリ・運動学・生理学を中心に学びを整理し発信しています。心理学や自己啓発、読書からの気づきも取り入れ、専門職だけでなく一般の方にも役立つ知識を届けることを目指しています。
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