『税の正体と財務省の敗北|高市政権が切り拓く「財源論」からの脱却』
情報の源泉と政治家の資質
政治家が政策を語る際、その情報源がどこにあるのか。これは、その政治家の本質を見抜く上で極めて重要な視点であるといえるでしょう。多くの国会議員、とりわけ緊縮財政を是とする議員たちは、財務省からの「ご説明」をそのまま自身の言葉として語る傾向にあります。もちろん、官僚機構を情報源の一つとすること自体は否定されるべきではありません。しかし、提示された情報を鵜呑みにするのと、自らの手でデータを分析し、事実を検証するのとでは、到達する真実に天と地ほどの差が生まれるのです。
分からないことは正直に「分からない」と認める誠実さと、徹底的なデータ検証に基づく論理。これこそが、複雑な現代経済を解き明かすために不可欠な姿勢であるといえるでしょう。財務省の説明がいかなる実態を持っているのか、それを知ることは、日本の政治構造を理解する第一歩なのです。
崩れ去る「税調」の聖域
今、永田町では大きな地殻変動が起きています。かつて絶対的な権威を誇った自民党税制調査会が、その主導権を失いつつあるのです。高市政権の誕生により、税制改正のプロセスは様変わりしました。これまで毎年のように繰り返されてきた「財源はどうするのか」という議論よりも、国民生活を豊かにするための政治決断が優先されるようになったのです。
象徴的なのが、「年収の壁」を巡る攻防でしょう。国民民主党が主張した「年収178万円への引き上げ」。これに対し、党税調の幹部たちは財源の壁を盾に抵抗しましたが、最終的には総理の強いリーダーシップによって決着しました。これは単なる減税の話ではありません。長年、増税や緊縮の砦となってきた「党税調」という聖域が、政治主導によって無力化された歴史的瞬間であるともいえるのです。財源確保策を先送りにしたままの決着に、党内からは不満の声も漏れているようですが、高い内閣支持率を背景にした総理の決断に対し、表立って異論を唱える者はいない。それほどまでに、時代の潮目は変わったのです。
税の正体とは「債務」である
では、そもそも私たちが議論している「税金」とは一体何なのでしょうか。多くの人は、税金を「社会に参加するための会費」や、政府が活動するための「財源」だと信じています。しかし、その認識こそが、日本経済を停滞させてきた元凶かもしれません。税金の真実、それは「課税物件に対して創出される納税者の債務」に過ぎないのです。
少し難解に聞こえるかもしれません。消費税を例に考えてみましょう。事業者は、売上という事実に基づき、法律によって突如として「政府に対する債務」を背負わされます。そこには、政府からの対価やサービスといった見返りは一切存在しません。単に「法律で決まっているから、売上の10パーセントを納めろ」と命じられているだけなのです。「財源がないと予算が組めない」という議論は、この税の本質を見誤った空論であるといえるでしょう。税とは財源ではなく、単なる法的な債務である。この冷徹な事実を理解したとき、私たちが長年囚われてきた「財源論」がいかにバカバカしいものであるかが、はっきりと見えてくるはずです。
