はじめに
理学療法やリハビリテーションの現場でよく用いられる超音波療法は、これまで主に「温熱作用」による疼痛緩和や軟部組織柔軟性改善を目的として使用されてきました。
しかし近年は、非温熱作用による創傷治癒促進や神経再生といった新たな可能性が注目されています。
その代表例が、**低出力パルス超音波(Low Intensity Pulsed Ultrasound: LIPUS)**です。
LIPUSの作用メカニズム
LIPUSは、低出力・パルスモードで照射することで、熱を生じにくく、細胞レベルの機械的刺激を与えることができます。
動物実験(in vivo)では、
- 20%パルスモード
- 周波数 1 MHz
- 出力 0.14 W/cm²
といった条件で、以下の効果が報告されています。
- 炎症性サイトカインの抑制
- 軸索伸長阻害因子の低下
- 坐骨神経の再生促進
このことから、LIPUSは神経損傷の修復を支援する可能性があると考えられています。
臨床応用と制限
本邦では、LIPUSは骨折治療に対してのみ保険適用となっており、使用は医師に限定されています。そのため、理学療法士が臨床で日常的に使用することは困難です。
しかし、理学療法領域においても、慢性潰瘍など軟部組織の再生に対して低出力・パルスモードの超音波刺激が有効である可能性が示されています。現行の治療機器を活用する場合でも、出力とモードを調整することで、一定の非温熱効果を得られると考えられます。
悪性腫瘍への影響と禁忌
超音波療法の絶対禁忌として、悪性腫瘍部位が挙げられています。
その理由は以下の通りです。
- in vivo 研究では、転移を増加させたという報告が複数存在する
- レビューでも、腫瘍部位への照射は安全性が確認されていない
一方で、実験レベルでは興味深い報告もあります。
- 0.84 MHzの超音波により乳癌細胞の生存率が低下した
- 微小気泡を付着させた癌細胞にパルス超音波を照射 → 薬剤浸透が高まり、抗がん治療への応用可能性
これらはすべて「非温熱作用」を介したものですが、現段階ではまだ臨床応用には至っていません。したがって、悪性腫瘍が疑われる部位への照射は避けるべきと考えられます。
エビデンスの整理
現時点での知見をまとめると以下の通りです。
- エビデンスあり
- 骨折治療(国内保険適用済み)
- 動物実験における神経再生促進
- 慢性潰瘍に対する軟部組織再生効果
- 今後の課題
- ヒト対象の大規模臨床試験の不足
- 悪性腫瘍への作用の安全性確立
- 適切な刺激条件(出力・周波数・モード)の標準化
まとめ
超音波療法は従来の温熱作用に加え、LIPUSによる非温熱作用が新たな治療可能性を広げつつあります。
- 神経再生や創傷治癒の促進が実験レベルで報告されている
- 骨折治療にはすでに保険適用され、臨床実績がある
- 悪性腫瘍部位は禁忌であり、現時点では安全性が確立されていない
リハビリ臨床においては、今後LIPUSの適応拡大や研究成果により、神経損傷や軟部組織障害の治療補助としての応用が期待されます。